「――つうか、お前のコーヒー、いつ飲んでも美味いよなー。お前さ、会社辞めてバリスタになれば? んで、オレと二人で喫茶店やろうぜ。イケメン兄弟がやってる店なんて最強じゃね?」

 たわむれに、悠さんがそんなことを言いだした。――でも、わたしには分かった。彼は不器用なりに、自分の弟が今でも会社を辞めたいと思っているのか試そうとしているのだと。
 でも個人的には、この兄弟が経営する喫茶店には興味があって、ちょっと入ってみたいな……と思ったり、思わなかったり。

「俺は絶対ゴメンだね! もう会社辞める気ないし、バリスタはやりたいと思ってるけど、兄貴と一緒に店やるなんて絶対イヤ!」

「そんなに嫌がらんでもさぁ。……んじゃ、バリスタはいつやるつもりなんだよ?」

「……老後の楽しみ?」

 それを聞いた途端、悠さんは大笑いした。弟である貢がもう会社を辞める気はないと知って、安心したのもあるのかもしれない。

「おま、老後って定年退職後っつうことか? 絢乃ちゃん、ここの定年っていくつよ?」

「ウチのグループ企業は全社、六十五歳が定年です」

「つうことは……、四十年後じゃん! ――あ、ここって灰皿ある?」

 悠さんはまだ笑いつつ、ジャケットの胸ポケットから煙草のソフトパッケージとライターを取り出した。
 彼が煙草を()う人だと知って、わたしはすごく驚いた。ちなみに、貢はお酒もダメだけれど、もちろん煙草も喫わない。

「ゴメンなさい! このビルは全館禁煙なので……。一階のエントランスを出たところに喫煙スペースが設けられてるんですけど」

 わたしはこの建物の管理責任者として、そこはたしなめなければならないところだった。申し訳なく思いながら、手を合わせて言ったところ。

「そっか……。このご時世だしなぁ、しゃあない。マジで今の時代、喫煙者は肩身狭いわー」

 悠さんは気分を害された様子もなく、肩をすくめて素直に応じて下さった。そのまま煙草とライターをポケットにしまいつつ、苦笑いされていた。

「だから俺が、前々から言ってんじゃん。いい加減禁煙しろって」

「ハイハイ、考えとく」

 彼からの忠告も、悠さんは笑いながら、子供をあやすようにあしらった。
 彼は〝素〟の自分をわたしに見せたくないようだったけれど、この兄弟のやり取りは見ていて微笑ましくて、自然体の彼を見てもわたしは全然幻滅しなかった。
 むしろ、より彼のことを好きになっていく自分がいることを、わたし自身も心地よく感じていた。

「兄貴、笑いすぎ! ……って、会長まで笑うことないじゃないですか!?」

「ゴメン……」