若いから倒れない、というのはただの屁理屈だ。わたしはただでさえ、世間一般の女子高生とは比べものにならないほどハードな日常を送っていたのだから。
 彼にしてみれば、わたしはほんの少し前に父を病で亡くしたばかり。そのうえ、娘のわたしにまで倒れられては困るという理由もあったのかもしれない。

「分かって頂けたならよかったです。会長、たまにお帰りの車の中で居眠りなさってるじゃないですか。僕が気づいてないとでも思ってらしたんですか?」

「う…………っ、知ってたのね……」

 わたしはたじろいだ。そして、彼の言っていたことは事実だった。
 本当に時々なのだけれど、わたしは疲れが溜まっている時には帰りの車内でうとうとと微睡(まどろ)んでいることがあった。でも、優しい彼はわたしが自然に目を覚ますまでムリに起こすようなことはしないで、わざわざ遠回りをしてくれていた。

「ああ、別に会長を責めてるわけじゃないんですよ? ただ、会長は責任感の強い方ですから、ご自分ひとりで何もかも背負い込まないで、たまには僕を頼って下さい。そのための秘書なんですからね」

「……うん、分かった。ありがとう。ホントに大変な時は、いつでも貴方にグチを聞いてもらうわね」

 彼のこのアドバイスは、わたしにとって何よりありがたかった。わたしも誰かに寄りかかってもいいのだと、ちょっと救いが見出せた気がした。

「――さて、僕もボチボチ資料作成にかかりますかね」

 彼はやっと自分の席に戻り、デスクトップパソコンを起動させると、テキパキと仕事を始めた。
 それを横目に、わたしも美味しいコーヒーとケーキを味わいながら経営学の本に目を通し、また新たに受信したメールの返信もこなしていた。

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「――会長、もう六時ですね。そろそろお帰りになりますか?」

 外が暗くなってきた頃、彼が腕時計に目を遣り、わたしに訊ねた。
 わたしもパソコンの時刻表示を確かめると、シャットダウンして答えた。

「もうこんな時間? ……そうね、じゃあ送迎お願い」

 わたしの終業時間は、基本的には他の社員の人たちより一時間遅い夕方六時である。仕事の内容によってはそれよりだいぶ早く帰れる日もあるし、少し遅くなる日もある。
 それは秘書である彼の場合も同じ。彼も社員なので、多分定時は夕方五時のはずなのだけれど、上司(ボス)であるわたしの送迎係も兼ねているため、必然的に退社時間がわたしと同じになるのだ。その分、残業代と役職手当もキチンと上乗せされている分、他の部署より月給がいいのである。