わたしがたしなめると、里歩は謝りつつも話題を変えなかった。食器を出しながら、まだ同じような話を繰り返していた。

「うん、そうよ。ステキな人でしょ?」 

「確かに、いい人そうだよね。あたしが思ってたのとちょっと違うけど。イケメンには違いないんだけどさ、〝王子様〟って感じじゃなさそうだね」

 里歩はもっとイケメン――例えば少女コミックとかに出てきそうな感じの、洗練された男性をイメージしていたらしい。
 でも、わたしはむしろ、彼の純朴(じゅんぼく)な感じが好きだ。彼女が想像していたようなイケメンと出会っていたら、わたしの方が息が詰まってしまいそうである。

「そこがいいの。彼は誠実で純朴だから、わたしも惹かれたのよ。彼ね、八歳も年下のわたしに敬意を払ってくれてるの」

「それってさぁ、絢乃が雇い主のお嬢さまだからじゃなくて? お父さんがいないところでもそうなの?」

「うん……、そうね。電話とかメッセージでも、いつも敬語だもの」

 父と同じように、彼にとってはわたしも〝雲の上の存在〟なのだろうか? 秘書として働いている今ならともかく、当時のわたしは彼のボスでも何でもなかったのだけれど。

「でも、壁を作られてるような感じはしないのよね。それが何だか自然な感じがするの。ちゃんと()をわきまえてる、っていうのかしら。そういうところが彼らしくていいな、って」

「あれあれ~? アンタ、なんかめっちゃベタ惚れしてんじゃん♪ ねえねえ、彼とまだ付き合ってないの? っていうか付き合わないの?」

「そんなこと、今はまだ考えられない。パパのこともあるし、彼がわたしのことどう思ってるかも分かんないし」

 そもそも、彼がどうして父の誕生パーティーの日にわたしに話しかけてくれたのかも、その当時のわたしには分かっていなかった。
 周りが大人ばかりの中、あの会場内で〝壁の花〟と化していたわたしが気になって、気を利かせて声をかけてくれたのだと思っていたのだ。

「じゃあさ、もし彼も絢乃のこと好きだったら? その時はどうすんの?」

「その時は……お付き合いするかも。でも多分、彼は自分からモーションかけてきたりしないと思う。性格的に」

 わたしがグループのトップの令嬢だからと、こんな小娘にも関わらず敬語を使うような人である。もしもわたしに好意を持っていたとしても、「自分ごときがおこがましい」と一線を引いているのではないかと、当時のわたしは思っていた。

「どのみち、この状況だと恋愛どころじゃないでしょ」

「……まあ、そうだね。――このトレー、そっちのワゴンに載せていい?」

 里歩がお皿とフォークの載ったトレーをホールケーキを運ぶためのワゴンに載せたところで、わたしたちはキッチンを後にした。