――もうどれくらいの間、悶々としていたのだろう?
 窓の外が(あかね)色に染まり始めた頃、ベッドの上に座り込んでいたわたしは、まだ着替えていなかった制服のポケットでスマホが振動していることに気がついた。

 そういえば、マナーモードを解除することすら忘れていたのだということを、改めて思い出した。

 画面を確かめると、「桐島さん」との表示が出ていたので、わたしは迷わず応答ボタンをタップした。

「――はい、絢乃です」

『絢乃さん、桐島です。メッセージ、読ませて頂きました。「連絡してほしい」とあったので、お電話を』

「……えっ? 桐島さん、お仕事は――」

『もう就業時間は終わってます。今は車の中で、これから帰宅するところです』

 ハッとして腕時計で時刻を確かめると、夕方五時を過ぎていた。

「そっか……。もうこんな時間だったのね。全然気がつかなかったわ」

 いくらショックが大きすぎるあまり、思考が止まっていたとはいえ、時間の経過にまで気がつかなかったなんて……。わたしは自分でも信じられなかった。

『実は僕も、メッセージにはもっと早く気がついてたんです。本当はすぐにでも、それこそ仕事も放りだして連絡したかったんですけど』

「それはダメでしょう? お仕事はちゃんとしなきゃ」

『ですよね。そうおっしゃると思ってました』

 わたしがたしなめると、彼からそんな返事が返ってきた。こんなに緊迫した状況だったはずなのに、彼の言葉でわたしの気持ちは思わず和んだ。

『――そんなことより、絢乃さんのお父さまのことですよ。末期ガン……なんですって? それはショックだったでしょうね』

「うん……。ママからの電話で聞いた時、わたし、目の前が真っ暗になったわ」

 この時は、わたしは泣かなかった。でも、声は沈んでいたらしく、彼は電話越しにうんうんと相槌を打ち、「お気持ち、お察しします」と言ってくれた。

『泣かれたのは、ショックだったからですか?』

「それもあるけど……、パパの苦痛を思うと苦しくなって。あと、自分がその苦しみを代わってあげられないことがもどかしくて」

 普通は逆だと思う。子供が大病を患った時に、親が「この子の病気を自分が代わってあげられたら……」と心を痛めて泣くものだ。
 でも、そうしたいと思う権利は、子供の側にもあるのではないだろうか。――わたしはそう思ったのだ。

『うん、なるほど。お父さまのことを思って泣かれるなんて、絢乃さんは優しいですね。そんなお嬢さんに恵まれて、会長は幸せな方だと思います』