残酷な世界の果てで、君と明日も恋をする

 ぺたぺたと学校の廊下を歩く。
 真冬の朝。足の裏がひんやりとつめたい。

「えー、マジでー!」
「うん! さっき職員室にいるとこ、見たんだもん!」

 教室のなかから、あの甲高い声が聞こえてくる。
 そのとたん、踏み出す一歩がずしんっと重くなる。
 それでも無理やり足を動かし、わたしは二年三組の教室に入った。

「それがさ、けっこうイケメンだったんだよ!」
「優奈の『イケメン』はあてにならないからなぁ」
「たいしたことなかったら、怒るからね!」

 窓際の席から、きゃははっと女子生徒たちの笑い声が響く。
 わたしは気配を殺すようにして、自分の席に向かう。

 この教室のなか、誰よりも大きな声でしゃべっているのは、剣持(けんもち)あかりだ。
 その声が耳に聞こえるたびに、わたしの心臓がきゅっと縮まる。

 自分の席の椅子を引いたら、座面にべったりと赤いものが塗られていた。
 ケチャップだ。
 立ちつくすわたしの背中に、またあの笑い声が響く。

 わたしはポケットからティッシュを取りだし、椅子の上を拭いた。
 一枚じゃ足りなくて、二枚、三枚……結局ポケットティッシュをぜんぶ使ってしまった。
 それと同時にチャイムが響く。わたしは黙って席につく。

「やばっ、イケメン来た!」
「マジ? 見せて!」
「あたしもあたしも!」

 女の子たちがバタバタとドアのほうに集まって、廊下をのぞいている。

「こらー、なに騒いでる! 席につけ!」

 担任の男の先生が入ってきた。
 あかりを先頭に、女の子たちがキャーキャー騒ぎながら自分の席へ戻る。
 わたしはぼんやり、黒板の前に立つ先生の姿を見る。
 そのとき、「えっ」と声を漏らしそうになった。