今月号の華乃子の企画は、銀座に新しく出来たデパートメントの紹介だ。特に、新しいメーカーの売り場が展開されており、その店の特集を華乃子は考えていた。既に店に赴き、店頭に並ぶ品の紹介記事と、店員の写真も撮ってもらって揃えてある。店員の話の記録(レポート)も付けており、この企画に自信を持っていた。先輩に教わって来た知識で、ファッションリーダーとなる女性を読者たる市井の人々から手の届きやすい場所に見つけた。
企画会議室で華乃子と共に机を囲んだのは、浅井ともう一人の企画担当である藤本だった。藤本は華乃子の四年先輩であり、三者が席に着くと、先に挙手した。
「編集長。まず、私の企画からお聞きください」
後輩である華乃子が口出しをすることは許されず、編集長は藤本に続きを促した。藤本は立ち上がると口を開いた。
「今、新しい雑誌に求められているのは、市井の人々が実際どのようなファッションを楽しんでいるかという点だと思います。今まではファッションリーダーたる皇族の方々を始め、各界著名婦人たちのファッションを追ってまいりましたが、いよいよその主役は市民に移ろうとしております。今こそ街へ出て、そこでファッションリーダーを探し、その人々の『ポートレート』を取り上げるべきです!」
バン! と机に両手をつき、藤本は熱弁した。藤本の熱弁は続く。
「市井の人々のファッションを写真に撮り、雑誌に載せれば、多くの市民に『今の生きているファッション』が届きます。今までの雲の上のような存在の方々のファッションじゃない、『自分が真似できるファッション』こそ、これからのファッション誌に相応しいと思います!」
華乃子は藤本の勢いに飲まれた。こんなに熱弁されると、それがあたかも新しい雑誌の路線のような気がしてくる。藤本が席に着き、浅井が華乃子に企画の説明を求めた。
「ええと……、銀座に新しく出来たデパートメントに入ることになった、日本で新しく立ち上げられた伊藤洋装店を特集しようと思いました。今までにない巴里で流行のファッションは、各界の著名婦人方だけでなく、きっと市井の方たちの興味も惹き付けると思います」
華乃子の発言に藤本は甘い、甘いわ、と呟いた。浅井はううむ、と唸って、しかしだな、と丸眼鏡をずり上げた。
「いきなり企画の路線を変えることには慎重にならざるを得んよ、藤本くん。今まで我が社が獲得してきた読者を裏切ってはならない。君の企画は確かに目新しい。しかし斬新であると同時に、企画倒れの可能性もある」
浅井の言葉に藤本は食らいついた。
「編集長。失礼ながら、鷹村さんの案は今までの企画の踏襲にすぎません。これからの『婦人百科』は新しい読者を開拓していくべきです!」
藤本の鬼気迫る言葉に、浅井は尚も、ううむ、と唸った。浅井が答えを出せないでいると、藤本は華乃子を見下してこう言った。
「あら、編集長。そんなに鷹村さんの案が魅力的でしたか? それとも、鷹村さんのご実家と社長、副社長に配慮されているんですか?」
華乃子は藤本の言葉に目を見開いた。華乃子は家に捨てられたも同然なのに、この仕事に鷹村が関係しているとは思えなかった。そしてこの時代、縁故で会社に入ることは珍しくなく、事実社員の半分以上は何かしらの縁故で入社しているし、藤本も人事部長の縁故入社だ。華乃子が九頭宮との縁故で入社していても特に咎められるべき理由にはならない。なので社長や寛人に気を遣っているというのはないだろう。だからこそ余計に、鷹村の影響があると言う解釈は、華乃子は否定したかった。だというのに、浅井の返答は鈍い。
「いや、そういう訳ではなくてだな……。ううむ……」
浅井のこめかみに脂汗が滲む。この様子だと、鷹村側は何もしていなくとも、浅井が鷹村を意識しているのは丸わかりだった。華乃子はショックを隠し切れない。浅井が藤本に返答できないでいるのをじっと見つめ、それから目を閉じて華乃子はひと言、こう言った。
「……編集長……。私は家を捨ててこの会社に入ってきました。まさか実家の圧力があったとは思いませんが、忖度されていたのだとしたら、私は残念でなりません……」
「いやっ、鷹村くん、違う! 違うのだが……」
浅井は言葉を濁した。……ということは華乃子の言葉を認めたも同然だった。華乃子はがっくりと肩を落としてこう進言した。
「……私から見ても、藤本さんの企画は魅力的に見えました。どうか、ご判断を……」
浅井は目を瞑って、口を一文字に結んだかと思うと、かくりと首を項垂れた。