「雪月さま。あの娘は止めた方が良いです」
呼ばれて部屋に入ると、沙雪がそう言った。
「やあ、これはとんだ諫言(かんげん)だ。君は自分の立場を考えたうえで、そう言うのかな?」
沙雪は雪月の言葉にぐっと黙る。雪月は言葉を続けた。
「君のお母さまが、華乃子さんのお母さまに現世の何たるかを説いていたことを、僕は知っているよ。随分と脚色したそうじゃないか。それ故華乃子さんが独り置き去りにされた、その原因の尻拭いこそすれ、彼女との婚姻を止めろとは、図々しいにも程があるんじゃないかい?」
雪月の声は吹雪く雪のように冷たい。沙雪はこうべを垂れたまま、ぐっと奥歯をかみしめた。
「……あの娘は、力を持ちません……。雪月さまにご迷惑が掛かることを、わたくしたち雪女は見捨てておけないのです……」
「それは、あの時僕だけを連れ戻した君たちが言うことじゃあないな」
男の雪女をみすみす人間界に盗られることはままならなかったんだろう。それにしたって、幼い身で華乃子と出会ったあの時に、華乃子も一緒に連れ戻せていたら、華乃子はあんなに長い間、独りで寂しい思いをすることもなかった。
「兎に角、僕は華乃子さんと番うことを宣誓しますよ。もとより、君との婚約話も僕がものを考えられるようになる前に組まれたことだ。華乃子さんのことでなんのお咎めもないことを、幸運に思って欲しいですね」
雪月は冷ややかに沙雪を一瞥すると、奥の自室へと帰るために部屋を出る。沙雪はぎり、と両手を握りしめた。
「雪月さま」
廊下に出ると、そっと近寄って来た雪女が雪月に耳打ちする。雪月は短い話を聞くと、眼を鋭くして、なんだって? と耳打ちした彼女に問うた。
「お話しいただければ、分かるかと……」
こうべを垂れたままの彼女に、ちっ、と雪月が舌打ちをする。そのまま屋敷の奥へと進み、雪月は先ほど行ってきたばかりの牢へと戻った。
牢では千雪が待っていた。牢の格子を隔てて雪月の前で正座をし、恭しく頭を下げる千雪に対して、憎々し気に言った。
「あの時沙雪の母親に一人で連れ帰られた貴女が、再び華乃子さんを捨て置けとは、いくら母親でもいかがなものかと思うが?」
雪月の言葉に千雪は声を抑えて応じた。