願ってもいなかった申し出だった。九頭宮家とは昔からの付き合いだと父が言っていたから、上手くすれば許してもらえるかもしれない。それに、本を読むようになって知ったことだが、九頭宮出版は名の通った出版社なのだ。父親同士が知己で九頭宮出版という就職先なら、体面を気にする必要もなく許してもらえるかもしれない。それがごく潰しと言われた華乃子の、父や継母に対する恩返しにならないだろうか。

「ま、先ずはお父さまに聞いてみるわ。私のことをごく潰しと言っていたお継母様も、九頭宮出版でなら働く事に賛成してくださるかもしれないし……!」

華乃子の表情が明るくなったのを見て取った寛人が、僕が言おうか、と提案してくれた。

「華乃子ちゃんを、是非うちの会社に入れたい、と僕たちからお願いした方が、おじさんはともかくおばさんが折れてくれやすそうだ。おばさんはおじさんよりも体裁を気にするだろう?」

その通りだった。継母は父の子爵の位をとても大事にしている。だから、華乃子のような恥さらしな娘が居ることが我慢ならなかったのだ。寛人の言う通り、大きな会社を持っている彼らから言ってもらった方が、華乃子が生意気に発言するより事が穏便に運びそうだ。でも。

「お継母さまに叱られない? お継母さまは私がお嫌いだから……」

継母が華乃子を嫌いな理由は言えないが、寛人にも鷹村の長女が一人で別宅に居ることで、華乃子の待遇は知られていたらしい。大丈夫だよ、と華乃子に微笑むと、

「九頭宮家は、華乃子ちゃんのお母さんと縁深いんだ。おばさんはともかく、おじさんには話が通ると思うよ」

初めて聞かされた自分と九頭宮の関係に、華乃子は目をぱちくりさせた。華乃子は実の母のことを知らない。寛人は母を知っているのだろうか。

「……私のお母さまって、どんな人なの?」

物心ついた時には、既に継母が居て、本宅では聞くに聞けないことだった。寛人は、僕も会ったことはないんだけどね、と微笑むと、それでも、

「やさしくて、素敵な方だと親父から聞いているよ」

と言った。
今まで聞いたことのなかった自分の母親について少しでも聞けたことは、嬉しかった。ますます寛人と寛人の父親という存在が頼もしく感じる。華乃子の母親のことを素敵な人だと言う寛人とその父親は、きっと父や継母のように華乃子を傷つけたりしない。そう確信して、華乃子は自分の胸襟を開くつもりで就職のことを頼んだ。

「寛人くん。お仕事の話、お願いできる? 一生懸命働くわ」
「任せておきなよ。きっと親父も喜んで賛成すると思うよ」

寛人の頼もしい言葉に胸が高鳴った。新しい生活が始まるのだ……。