そんな状態の華乃子だったから、学校でも除け者にされ、近所の大人たちからもひそひそと化け物が見える妖怪のような娘として悪い噂が囁かれた。噂を嫌った継母が、華乃子を鷹村の本宅から別宅に移させて、華乃子に乳母との二人暮らしを強いた。暫くはそれで平穏な日々が過ぎていた。

ところが、最近の華乃子の視界には人間の姿だけではなく、明らかに異形だと分かる存在も視えるようになってきていた。流石にそれらは無視できるが、そいつらの方から華乃子にちょっかいを掛けてくるので、邪魔なことこの上ない。昨日は道を急いでいたところを、ぬりかべに阻まれて往生した。

そんな華乃子の心を和ませるのは、文字を習いだしてから読めるようになった本と、華乃子と昔から仲の良い、九頭宮(くずみや)家の寛人(ひろと)だった。
寛人は華乃子より五歳年上で、出版社を営む家の息子だった。寛人はわざわざ鷹村の別宅まで出向いて自分の持ち物の本を華乃子に貸してくれて、時には一緒に読んだりした。小学校を卒業してから学ぶ機会がなくなってしまった華乃子にとって、寛人は新しい本と共に、新しい世界を与えてくれる、とても頼りになる存在となった。

「華乃子ちゃん。たまにはこういう雑誌はどうだろう?」

今日も鷹村の別宅に寛人が訪れ、一緒に読書をしようと誘ってくれた。寛人が今日、華乃子の為に用意してくれたのは、何時ものような物語の本ではなく、女性がきれいに着飾った、いわゆるファッション雑誌だった。華乃子は雑誌を開くとあっという間にきれいに着飾った女性たちの姿の虜になった。華乃子のように古ぼけた着物ではなく、きれいな洋装の女性が写真に納まっている。

「華乃子ちゃんも大人になったらこういう格好が出来る。自分を美しく見せるために勉強するのは、良いことだと思うよ」

寛人の言葉に一瞬歓喜が沸き上がって、でも華乃子はしゅんと肩を下げた。

「寛人くん、駄目よ私……。だって、私はお父さまから見放された子だから自由に使えるお金はないし、それに働いてもいないから収入もないわ」

華乃子は十七歳になっていた。小学校を出ただけで働ける先と言ったら女工などが主で、体裁的に鷹村の家の出で女工をするわけにはいかなかった。かといって学のない華乃子に他に働き口があるかというと、そうはいかない。そう思って応えると、寛人は華乃子の言葉ににこやかに微笑み、うちで働けばいいよ、と言った。

「えっ?」
「僕も働いているし、親父が社長をして居るから斡旋できる。華乃子ちゃんは小学校で学んだだけにしては賢いし、なにより本が好きだろう? うちの仕事に向いてると思うよ。僕が親父に話をするから、親父の許で僕と一緒に働けばいい。嫌かい?」