「文(あや)ちゃん、おはよう」

鷹村の別宅から小学校に登校すると、華乃子は仲良しの文に声を掛けた。しかし、何時もだったら明るく笑って「おはよう」と返事をしてくれる文が、今日は華乃子のことを異様なものを見る目で見てくる。

「華乃子ちゃん、あなた、昨日に神社でなにとお話してたの?」

文は口を開いたかと思うと、そんなことを聞いてきた。
昨日か……。確か、学校の帰りに神社で会った女の子と話をした。

「あのね、病気のお母さんのために好物の豆大福を買いに来てた子とお話したわ。おうちが神社の森の向こうにあって、病気がちのお母さんがなかなか商店まで出かけてこられないのですって」

華乃子が言うと、文は目を瞠って驚きの顔をした。

「華乃子ちゃん、昨日神社で狸と話をしていたって噂だったけど、本当だったのね。華乃子ちゃんには変なものが見えてるんだわ」
「え……っ」

華乃子が言葉を無くすと、級友たちもざわざわと華乃子を遠巻きに見る。文は華乃子から遠ざかってこう言った。

「化け物が見える華乃子ちゃんとはお話しないで頂戴って、お母さまから言われたの。残念だけど華乃子ちゃんとは絶交よ」

ぷいっとそっぽを向いて行ってしまう文に呆然とする。級友たちも、変なものを見る目で華乃子を遠巻きに見た。
華乃子は教室で席に着くと、机に両手を置いて、その手を見つめた。

(お父さまが言ってた、『あやかし』っていうやつの事かしら……)

文の言っていたことを頭の中で反芻する。
昨日会った女の子が狸だったのなら、狸に話し掛ける華乃子は相当頭のおかしな娘に見えていただろう。これでまた父親に折檻されるのかと思うと、涙が出そうになる。

(どうして私はそんな化け物が見えてしまうのかしら……)

見たくて見ているわけじゃない。華乃子の世界にはあまりにも『それら』が溶け込みすぎていて、違和感を抱くことが出来ない。

(あやかしなんて、見えなければ良いのに……)

見えなければ文と絶交されることもなかったし、そもそも父も継母も華乃子にやさしくしてくれているはずだ。華乃子の本当の母親は、華乃子があやかしを視てしまうことを何と思うだろうか。華乃子はあやかしが見えてしまう自分を責めて、深く落ち込んだ。