「春式部、子供とはどう育てるものでしょう」
 生まれてきた我が子が春式部に抱かれるのを見ながら、床で鞠の君はそう言った。
「子供なんて育つように育ちますよ」
 鞠の君、第一子の誕生に、散々感涙にむせび泣いた後の春式部はかすれた声でそう言った。
「とりあえず乳母をつけなくてはいけませんね。まあ太政大臣がいくらでも手配してくださるでしょう。いつの間にやら雷鳴壺の女御は太政大臣の娘ということになってますから……」
 政治の都合の良さに春式部は少し苦々しげにそう言った。
「乳母……」
「乳を与えるのです。曲がりなりにも女御ですから、自ら乳を与えることはできませぬ」
「…………」
 鞠の君は遠い記憶をたぐり寄せた。自分の生みの母は自分を生むと同時に死んだことを鞠の君は山賊達の話から聞いていた。
 代わりに幼い自分に乳を与えてくれた人がいたことを、彼女は薄ぼんやりと思い出した。
「……鞠の君様、ええとですね。貴族というのは自分の子の子育てなどしないものです。だいたい乳母や周りの者に任せておくものですよ」
「……それでは、山賊達といっしょではないですか」
 春式部のたしなめるような言葉に、鞠の君は少し不満げにそう言った。
 鞠の君がこのように反感を持つのは珍しく、春式部は考え込んだ。
「……まあ、主上は鞠の君様に甘いですから、ダダをこねてみるのもよいかもしれませんね」
 春式部はそう主に入れ知恵した。

 こうして鞠の君は子供達の育児に大いに関わることを許された。
 前例のないことで反対もあったが、帝と太政大臣によってその反対は封殺された。
「春式部、春式部、子が笑いました」
「そうですね」
「春式部、春式部、子が喋っています!」
「落ち着いてください、まだうーとしか言っていません」
「はははは春式部! 春式部! 子が立ちました!」
「たたたた立ちましたね!」
 五人の子供達が代わる代わる生まれてくるので、もちろんすべての生育に関わるのは無理があった。
 乳母もついた。
 それでも一ヶ月に一度は子供達の顔を見られるよう、鞠の君は忙しい合間を縫って時間を設けた。

 そこで割を食うこととなったのは帝であった。
「……弘徽殿からの返事はまだか」
「来ました。本日は一の姫様と遊ぶ日なので、今日は無理です、だそうです」
「…………」
 帝はため息をついた。
 しかしこれは長らく鞠の君を放っておいたツケなのだろうと、受け入れた。
 そして帝は鞠の君に会えぬからと言って、他の女御の元に通うようなこともしなくなった。

 久しぶりの御渡の日、鞠の君はもはや無口ではなかった。
「見てください主上、これは一の姫の書いた字です。私は字は()()しか読めませぬが、なんと一の姫は漢字まで書けるのです。これは一の姫についている夕中納言(ゆうちゅうなごん)が漢詩の名手であるからなのです。あれは本当によくできた女房ですよ。それからこれは二の姫に贈る鞠です。父上――太政大臣様が用立ててくれました。桃色の刺繍がかわいらしいでしょう。皇太子様とは近頃あまり会えませぬが……勉強に励んでいると文が来ます。それからそれから……」
「よかった」
 帝は鞠の君の話を聞き終えると、うなずいた。
「よかったから……その、もう少し私の相手もしてくだされ」
「……あらまあ」
 拗ねたようにそう言った帝に、鞠の君は笑顔をこぼした。