私は貴族の娘ではありますけれども、位の高い家の生まれではございません。ですけれども、歌を詠むことに関しては京のなかでも名手と呼ばれるほどでした。
 その歌の腕前を買われ、私は後宮に入り中宮にお仕えすることになりました。私の役目は、中宮の日々のお世話と、歌を詠んで心を和ませること。主にこのふたつでございます。
 後宮の中宮と女房と、たまに諍いなどもありつつも、私が詠む歌を必要とされる日々は充実したものでした。
 そんなふうに歌を詠む日々の中で、私はふと思ったのです。歌よりも長い文を書いてみたいと。
 歌よりも長い文、というのは、政の文であったり、日記であったり、手紙であったり、祝詞であったり、神話であったり。そんなものしか私には思い浮かびませんでした。
 それでも、書きたいと思ったのです。そう、例えば神話のような、けれども人の営みを書いた、そんな長い文を。
 そう思うといてもたってもいられなくなり、私は中宮のお世話の合間の時間に、中宮から賜った貴重な紙を使ってその長い文をしたためはじめました。
 私が頻りに紙を欲しがるので、なにかを書いているというのはすぐさまに中宮の知るところとなりました。中宮は物珍しそうに私が書いた想像上の人々の営みの文をご覧になって、これは面白いと仰いました。それから、これからはしっかりとこれを書き続けなさいと、そう仰いました。
 それからというもの、中宮は今まで以上に私に頻繁に紙を下さるようになり、私が書いた文は、宮中で回し読みされるようになりました。
 そうしているうちに、私が書いている文の続きが気になるという声も聞かれるようになりました。そう、はじめて中宮以外で私に続きを読みたいと言った、あの紫という子は今どうしているでしょうか。
 そんなある日、私の元に、ゆきやなぎの枝が添えられた名前の書かれていない手紙が届きました。その手紙にはたおやかな文字で、私が書いた文が好きだということが綴られていて、私は嬉しくなり、すぐに返事を書いて手紙を持って来た使いの者に持たせました。
 ゆきやなぎの人との手紙のやりとりは、しばらく続きました。きっとこの人も、あの紫という子と同じように、後宮に仕える夢見がちな少女か女性なのだろうと、私は思っておりました。
 そんなある日のこと、ゆきやなぎの人が手紙で、私に会いに行っても良いかと書いていました。これを見て、私は困ってしまいます。
 ゆきやなぎの人と会いたいのは私も同じなのですが、宮中のどこにいるかもわからないこの人と、誰かもわからないこの人とどうやって会えば良いのかわからないのです。
 そのことを中宮に相談すると、中宮はにっこりと笑って、このゆきやなぎの人と会えるよう取り計らってくれると仰いました。
 わざわざ中宮自ら取り計らってくれるなんて、身に余る光栄です。私は中宮に平伏し、その日を待つことにしました。

 ゆきやなぎの人と会うことになっている日のこと、私は御簾を下ろしてその内側で、ゆきやなぎの人を待っていました。
 どうして御簾を下ろさなければいけないのだろう。下ろすようにと中宮は仰っていたけれども、これだとゆきやなぎの人が来てもわかりません。
 不思議に思いながら待っていると、外から私の名を呼ぶ声が聞こえました。その声を聞いて驚きます。それは男性の声だったからです。彼は言います。自分こそがゆきやなぎの人であると。
 なんと言うことでしょう。私は今まで、彼のことを女性だと思っていたのに、本当は男性だったのです。騙されたと思いました。
 そんな私の思いも知らず、彼は自分の素性を名乗ります。彼は中将とのことで、私の家よりもずっと位の高い家です。それを言った上で、私の書いた文がいかに好きかを語り、その次に、私を娶りたいとそう言いました。 私は納得がいきませんでした。だから、彼にこう返したのです。
 私よりもすばらしい歌を詠めたらかまいません。
 すると、彼はすぐさまに歌を詠んで聞かせてきました。それはすばらしい出来のもので、私も負けてはいられないと、返歌を詠みます。するとすぐさまに、彼はそれにまた返すのです。
 すばらしい腕前でした。しばらく歌のやりとりをするうちに、私はすっかり彼の歌に惚れ込んでしまいました。

 彼が一端帰った後、私は中宮にまた相談します。そう、彼が私を娶りたいと言っていることをです。そして、できることなら私は彼の妻になりたいと、そう申し上げました。
 すると、中宮はころころと笑って、もとより彼と私を夫婦にするつもりだったと、そう仰いました。それは、彼の歌の腕前をよくご存じの帝と、私の歌の腕前をよくご存じの中宮との間で交わされた話だそうで、すばらしい歌人同士は、夫婦になってそれを子々孫々継ぐべきだと仰るのです。
 はじめから仕組まれていたことだったのか。そう思いましたけれども、彼なら良いと思いました。
 これから彼と夫婦になって、私達にどんな生活があるのでしょう。