「葵」
私は葵の前にしゃがんだ。
家に入らずにこんなところでうずくまっているのは、もしかすると、私を待っていたのかもしれない。
「けっこう、足速いね。全力で走っちゃったよ」
葵はガバッと顔をあげた。
「先輩、走って大丈夫なんですかっ!?」
「やっぱり、葵ちゃんだ」
私がふっと笑みをこぼすと、葵は気まずそうに目を逸らした。
「……ちゃんはやめてください」
「全然わからなかったよ。すごくカッコよくなってたから」
男の子にしか見えなかった。小柄で、色白で、目が大きくて。中性的な感じはあったけれど、まさか女の子で、あのかわいらしい後輩の「葵ちゃん」だったなんて。
「ごめんなさい。嘘ついて、騙すようなことして」
「ほんとだよ。ファーストキスだったんだから」
「えっ、満島先輩は……」
「何かある前に、別れちゃったから」
私は苦笑しながら答えた。
いま思えば、2人でいるときいつも私が緊張していたから、満島くんが気を遣ってくれていたのだとわかる。
「ごっ、ごごごごごめんなさい」
葵があわあわと言った。正体がわかってしまえば、もうかわいい後輩にしか見えなくて笑ってしまった。
「いいよ。許してあげる」
「ほんとですか……?」
「うん。そのかわり、最後に本当のこと教えて」