ゆっくりと、葵の顔が離れた。
頭がぼうっとする。
葵は私の肩越しに何かを見ていた。
「満島……」
と、葵は言った。
「え……?」
満島?
どうして葵がその名前を口にするのだろう。
わけがわからず呆然としていると、葵が突然立ち上がった。
「……奈々瀬、ごめんっ」
そう言って、逃げるように走り去って行った。
呼び止めようとした。けれど、その先を見て、言葉を失った。
公園の入口に、満島くんが立っていたから。
「日浦……」
満島くんが躊躇いながらつぶやいた。
返事ができなかった。
見られた。
その事実に気づいて、顔が熱くなる。
頭の中はパニックだった。
どうして満島くんがここにいるのだろう。
葵はどうして行ってしまったのだろう。
どうして満島くんの名前を知っていたのだろう。
恥ずかしさのあまり、満島くんの横を通り過ぎようとしたとき、
「待って……!」
腕を掴まれた。
止められる意味がわからなかった。
一刻も早く、ここから逃げ出したいのに。
だけど満島くんが手を離してくれる気配はない。
「あいつ、熊田葵、だよな」
「え……?」
満島くんが、葵の名前を知っていたことに驚く。
しかも、熊田って……。
あれ、と何かが記憶に引っかかった。
『熊田葵』
どこかでその名前を見たことがあるような気がするけれど、思い出せない。
満島くんは、知っているのだろうか。
名前に見覚えがあるのは、同じ高校だったから……?
私の混乱を察するように、満島くんが言葉を繋いだ。
「まあ、わからないのも無理ないよな。俺もはじめはわからなかったから」
その言い方が引っかかって、私は顔をあげた。
「葵は俺らが2年のとき陸上部に入ってきた、マネージャーだよ」