最近、母がよそよそしい。そわそわ、というか、にやにや、というか。とにかく普通じゃない。
理由は、なんとなく察しがついている。
私に彼氏ができたと思い込んでいるのだ。

「今日、パート休みとったから、久々に買い物でも行こうか。夜は予定があるんでしょ?」
などと母が意味ありげに訊いてくるから、
「うん、まあ」
と私は曖昧にうなずいた。
明日は夜ご飯いらないから、と昨日伝えておいたから、勘を働かせたのだろう。
普段ほとんど遊びに出かけない私が誕生日の夜に出かけるということはそういうこと、といかにも単純な思考回路に苦笑する。
間違いではないけれど、当たりでもない。
最初から終わりのある、期間限定の彼氏なのだから。
その関係も、今日と明日で終わりなのだ。

今月できたばかりの真新しい大型ショッピングモール。
母も私も初めてだ。
「平日なのに混んでるわねえ」
「セールやってるみたいだね」
人混みが苦手な私は、予想以上の混み具合に足が遅くなるが、母はかまわず中に入って行くからついて行くしかない。
「誕生日プレゼント、何がいい?」
そうか、プレゼント。
何も考えていなかったから、すぐにはこれと思いつかない。
「うーん……あ、気になってる漫画があるんだけど」
本屋の前を通りかかったので思いついて言うと、母に大きなため息を吐かれた。
「漫画なんてバイト代で買いなさいよ。それより、あんたも大学生なんだから、ちょっとは服装に気を遣いなさい」
ほぼ強制的に服屋に連れていかれた。
店の前には、いかにも母好みの、フリルのついたブラウスや、裾の広がったスカートなどが置いてある。
「気になったものがあれば、ご試着できますよぉ」
店員に声をかけられただけでたじたじの私をよそに、母が勝手に見繕って「お願いします」と差し出した。
「いつもTシャツにジーパンじゃ張り合いがないでしょう。あんたお父さんに似てスタイルはいいんだから、ちょっとは生かす努力をしなさい。あ、このワンピースもいいわね」
「絶対似合うと思いますぅ」
店員にも押されて、私は渋々試着室に入った。
試着室の全身鏡を見ると、自分の長身を嫌でも眺める羽目になる。
スタイルがいい、と昔からよく言われた。だけど私はずっと、背が高いのが嫌だった。
高校で陸上部に入ったのは、長身を生かせると思ったからだ。
もし私の背が低ければ……。
陸上部にも入らず、満島くんともきっと付き合うことはなかった。いまとは全然違う自分になっていただろう。

でも今日、20歳の誕生日の夜に会うのは、高校のときから忘れられないでいる満島くんじゃなく、出会って1ヶ月の葵だ。
なんだか、変な感じ。

『試着室で思い出す人は、本気の恋』

どこでだったか忘れてしまったけれど、そんな言葉をどこかで聞いたことがある。

本気の恋じゃない。だけど、私はいま、葵のことを考えている。

葵は、どんな服が好きだろう。
試着室のカーテンを開けた私を見て、母と店員さんが揃って笑顔を見せた。