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満島くんと紗栄子がいない3日間は、いつもより少しだけ店の中が静かだった。
相変わらず忙しく、お客さんの声が途絶えることはないけれど、あの2人がいないだけで、こんなにも雰囲気が変わるんだ。
紗栄子から毎日メッセージが届く。
今日はどこに行った、何を見た、ホテルが写真よりボロくてがっかり、など。
満島くんとのツーショットまであって、これはノロケではなく嫌がらせなんじゃないか、と勘ぐってしまう。
ホテルがボロくても、満島くんと一緒にいられるだけで羨ましい。
そんなことを思ってもどうしようもないけれど、メッセージを受信するたびに気分が重くなる。
だけど無視するわけにもいかず、
『よかったね』
『楽しそうだね』
と短く当たり障りのない返事をした。
旅行から帰ってきた満島くんたちは、宣言通り、たくさんお土産を持って店に来た。
生チョコ、バターサンド、北海道限定のローストコーヒーは、店長に頼まれていたものらしい。
「おお……これが……」
よくわからないけれど、有名なブランドらしく、店長は目にうっすら涙を浮かべて感動していた。
店長のコーヒー愛の強さに、みんなで笑った。
「日浦さん、明日休みだよね」
店長に声をかけられて「はい」とうなずいた。
「入ったばかりなのに、人手が足りないからって無理言っちゃってすまなかったね。本当に助かってるよ。明日はゆっくりして、またよろしくね」
丁寧な労いの言葉に、胸の中がじーんと温かくなった。
仕事を覚えるのは大変だし、疲れもたまるけれど、頑張ってよかったと思った。
バイト終わりに、いつも通り公園に向かった。
3月ももうすぐ終わりだ。
葵に会えるのも、あと3日。
「明日はどっか行こうか?」
葵が言った。
『じゃあ、1ヶ月だけ、付き合ってみる?』
あれから1ヶ月が経とうとしているけれど、付き合いらしいことは何もしていない。
ただ公園で落ち合って、コーヒーを飲んで、1時間ほど話して別れる。
そうしているだけでいい、と言った葵からの意外な言葉に驚いて、コーヒーが変なところに入ってちょっとむせた。
「どっかって、どこに?」
「それは明日の秘密。あ、でも、スニーカー履いてきて。歩きやすいやつ」
何か考えがあるらしい。
3月30日、明日は私の誕生日だ。
葵が私の誕生日を知っているわけはないけれど。
「楽しみにしてて」
葵が楽しそうに言うから、私の心も自然と踊た。
明日は晴れるといいな、と思った。
「じゃあ、また明日」
「うん、また明日」
いつものように公園の入口で別れて、別々の方向に自転車を走らせる。
……あと2日。
あと2日で葵がいなくなってしまう寂しさを感じながら。