雨は昼を過ぎても止まず本格的になり、お客さんの出入りがいつもよりずっと少ない。
「ちょうどよかった」
と、店長が明るく言った。
「新しいカフェラテ作ってみたから、みんな飲んでみて」
春限定の、桜風味のカフェラテだという。
カウンター前にスタッフたちが集まって試飲をした。
コーヒーの苦味の中に、ほんのり甘いミルクと爽やかな桜が香る。
「おいしい!」
「春ですねえ」
「なんだか、晴れやかな気分になりますね。雨だけど」
パートさんがしみじみとした言葉のあとにそう付け足して、みんなが笑った。
雨だからこそみんなの気持ちを晴らさせようという店長の心遣いが、カフェラテのおいしさを引き立たせているような気がした。

夕方から雨はほとんど嵐のようになり、傘は危ないからと店長が店置きの合羽を貸してくれた。
合羽がなかったら、傘は一瞬で壊れてずぶ濡れだろう。私は店長にお礼を言って店を出た。
バイト帰りに公園に寄ってみたけれど、そこに葵の姿はなかった。

……さすがに、いないよね。

私は苦笑しつつ、自転車にまたがった。
毎日会う約束をしたわけじゃない。
そもそも連絡先すら知らない。
ここにいないのだから、どうしようもない。

『1ヶ月だけ』

3月の半ば。
最初から終わりを知っていた関係は、気づけば折り返し地点を過ぎていた。