朝から雨が降っていた。
ガラス張の窓越しに、寒々しい外の景色を眺める。
今日は公園に行けないかもしれないな……。

ぼんやりしていたのがいけなかった。
ガシャーン、とガラスの割れる派手な音に、スタッフとお客さんの目が一斉にこちらを向いた。
料理を運ぶ途中、トレーを落としてしまった。ぐちゃぐちゃになった料理と割れた破片が床に飛び散っているのを見て、呆然とする。
「ごめんなさいっ!」
私は膝を折り曲げてぺこぺこ頭を下げる。
紗栄子がすぐに飛んできた。お客さんに「失礼しました」と謝ってから、心配そうに尋ねる。
「大丈夫?ケガはない?」
「うん、大丈夫。でも……」
「一緒に片付けるから。ななちゃん、これで床拭いてくれる?」
ぞうきんを手渡されて、私は慌てて床を拭く。
紗栄子は手際よくガラスの大きい破片を拾い、小さい破片は持ってきた掃除道具で一掃した。音の出ない掃除をかけると、床はあっという間に元通りきれいになった。
「ごめんね、迷惑かけて」
「いいって。あたしもよくやるし」
紗栄子はペロリと舌をだして笑うけれど、彼女がミスをしているところなど、一度も見たことがない。
「日浦さん、大丈夫だった?」
厨房から満島くんに尋ねられ、満島くんが作った料理を台無しにしてしまったことを謝った。
「いいって。すぐ作り直すし」
笑ってくれる満島くんの優しさに、やっぱり申し訳なくなった。
考え事をしていたら迷惑をかけてしまう。しっかりやらないと。
ドリンクカウンターをダスターで拭いていると、
「なーなちゃん」
突然、紗栄子が後ろからひょこっと顔をだした。
「わっ」
「なんか今日、朝からずっとぼうっとしてるし、なんかあったのかなって」
「と、とくに何も」
「好きな人、できたとか」
「えっ!?それはない!」
「その反応、余計に怪しい~」
目を細める紗栄子に、そんなことない、と言い張った。
満島くんには彼氏ができたなんて言ったくせに、私は嘘が下手だ。
「好きな人」それは、満島くんだ。
そんなこと彼女に言えるはずがないけれど。
葵にも、好きな人がいたのだ。
きっと、すぐに忘れられるような気持ちじゃないだろう。
怪我をした者同士一緒にいても傷が治るわけじゃないことくらい、葵だってきっと、わかっている。
それでも何かをして気を紛らわせなければどうにもならないくらい、強い思いなのだ。