◯
「寝てる……」
公園に行くと、葵がベンチで眠っていた。
目を閉じて、頭を少し伏せて、両手を伸ばして。
私は入口の自販機でいつもの微糖コーヒーを2本買ってベンチに戻った。
……まつ毛、長いなあ。
隣に腰掛けて寝顔を眺めながら、つい見惚れてしまう。
やっぱり、どこかで見覚えがあるような気がした。
でも、どこで……。
そのとき、突然パチリと葵の目が開いた。
「なに、見惚れてた?」
見ていたように言う葵に、私は顔が熱くなる。
「起きてたの?」
「なんか視線を感じたから」
私は無言でさっき自販機で買った缶コーヒーを差し出した。
葵は目を瞬かせて、
「ありがとう」
と嬉しそうに笑った。
バイトをはじめて、葵に会って、
『じゃあ、1ヶ月だけ、付き合ってみる?』
あれから、1週間。
バイトのあと公園でコーヒーを飲みながら話をするだけ。どこかに出かけるわけでもない。
……付き合うって、なんだろう。
べつに、何がしたいとか、じゃないけれど。
「葵は、これでいいの?」
私の言葉に、葵が首をかしげた。
「これでって?」
「だから……その、どこかに出かけたりしなくていいのかな、と」
「奈々瀬はどこかに行きたい?」
問い返されると、自分でもよくわからない。
満島くんと付き合っているときも、同じことを感じた。
部活ばかりだったけれど、帰りに寄り道したり、休みの日に映画館やカフェ、遊園地。
満島くんは、1人で行くのは躊躇するような場所にいろいろ連れて行ってくれた。だけど、私は満島くんを楽しませられている気がしなかった。
『私といて楽しいのかな』
『私のどこが好きなのかな』
いつも不安だった。
私が黙っていると、葵が引き継ぐように口を開いた。
「俺はただ、一緒にいれればそれでいいよ」
「え?」
そんなことを言われたのは初めてで、胸が鳴った。
「奈々瀬は?何がしたい?」
「私は……」
葵と話していると、ほんのりした気分になる。バイト中に感じた苦しさや泣きたくなる気持ちも、温かいコーヒーの中にゆっくりと溶けていく。
想像していた「付き合う」とは違っていたけれど、こうしているのがよかった。
「私も、これでいい」
あと3週間すれば、葵は東京に戻るという。
曖昧な関係のままのほうが、きっと、別れるのも辛くない。