「日浦さん、休憩行ってきてー」
ランチが落ち着いてきた頃、店長に言われた。
昨日はお昼ご飯を買って持ってきたけれど、スタッフはお店のメニューを半額で食べられると聞いて、今日はまかないを頼んでいた。
満島くんの手作り料理が食べられるのだ。我ながらちょっと気持ち悪いかもと思いつつ、頼まずにはいられなかった。
「サンドイッチでよかった?」
「う、うん」
尋ねられて、小さくうなずく。
卵、野菜、ハムの三種盛りで色鮮やかなサンドイッチは、見ただけでお腹が鳴りそうだ。
お皿を受け取って休憩室の扉を開ける。
ふう、と椅子の背にもたれて息を吐いた。
サンドイッチをかじる。柔らかいパンに、ふわふわの厚焼き卵、刻み野菜、濃い色のロースハムが挟んである。

おいしい……!

1人で感動していると、ドアが開いて「おつかれ」と満島くんが入ってきた。
私はサンドイッチの端を丸呑みしてしまい、ちょっとむせた。
「大丈夫?」
満島くんが慌てて言う。
「だ、大丈夫……」
「よかったら、これも食べて」
満島くんが私の前に置いたのは、ホイップクリームが乗った小さなケーキだった。
「え?なんで……」
「誕生日サービス。あ、でもこれは俺の奢りだから、内緒な」
思いもよらない優しさに、トクン、と胸が鳴る。
私の誕生日は、3月30日だ。
覚えててくれたんだ……。
「あ、ありがとう」
鼓動が波打つのを、私は必死に抑えた。
「それと……さっきも助けてくれて、ありがとう」
ああ、と満島くんが照れ臭そうに笑う。
「たいしたことしてないけどな」
「あの中に誕生日の人がいなかったら、どうするつもりだったの?」
「そういうときは記念日プラン。3月だし、卒業とか入学とか1年記念とか、なんかはあるもんだから」
満島くんはあっさりと適当なことを言ってのけ、店長の受け売りだけどな、と笑って続けた。
「ほかのお客さんに見苦しいとこ見せるくらいなら、ちょっと無理な要求でも気前よく応じたほうがいい。でもただサービスするより、なんか建前があったほうがお互い気分いいから、て。お人好しの店長らしいよな」
「うん」
お客さんをよく見て、どうすれば気持ちよく過ごしてもらえるか考えている。そういう細かな気遣いが、この店の雰囲気を作っているんだ。
「元気だった?」
不意打ちで投げられた満島くんの言葉に、ハッとした。
言葉が詰まって、水を飲む。
「うん、元気だったよ」
「気を遣わせてごめんな」
困ったような顔で言う満島くんを見て、私は胸が苦しくなる。
気を遣ってくれているのは、満島くんのほうだ。私がいるせいで、満島くんが困るのは嫌だった。
「あのね、満島くん」
私は短く息を吸って、言った。
「高校のときのこと、なかったことにしない?」
「え?」
「だって、紗栄子ちゃんに悪いから」
満島くんの目が開く。
間を開けるとはりぼての勇気が崩れてしまいそうで、私は畳みかけるように続けた。
「紗栄子ちゃんと、付き合ってるんだよね?」
満島くんは一瞬黙って、頷いた。
「うん。付き合ってる」
でも、と続ける。
「でも、なかったことにはできないよ。奈々瀬と付き合ってたことは、俺にとって大切な思い出だから」
「でも、私が彼女だったら、バイト先に元彼女がいたら、絶対に気にすると思う」
言いながら、泣きそうだった。いま、ふいに顔をつつかれたりしたら、堪えきれずに涙がこぼれていたかもしれない。
でも、ここで泣いたりしたら、この気持ちがばれてしまう。満島くんを困らせてしまう。
だから、
「じつはね、私も最近、彼氏ができたんだ」
気持ちを隠したくて、私は言った。また、胸が苦しくなる。

……嘘ではない。
1ヶ月限定の彼氏、だけど。

「えっ、そうなの」
「うん。すぐ近くの公園で会って、仲良くなって。満島くんとは正反対の、猫みたいな男の子」
「それって……」
満島くんの視線が戸惑うように揺れた。
けれど、それは一瞬で、
「そっか。よかったな。おめでとう」
満島くんが笑ってくれたから。

……これでいいんだ。

胸の痛みを隠すように、私はぎこちなく笑い返した。