バイトをはじめて1週間。少しだけ仕事に慣れてきた。けれど、忙しくなるとすぐに余裕をなくしてしまう。
ランチタイムの忙しい時間、女性客が4人入ってきた。
案内しようと歩み寄った私は、見覚えのありすぎる顔ぶれにギクリとした。
「あれっ、日浦さん?」
「ほんとだ!」
「ここでバイトしてるの?」
「エプロン姿、カッコいいー!」
同じゼミの女子たちだった。1年の春に誘われて、一緒にこの店に来た女子4人組。
あのときの居心地の悪さは忘れられない。おしゃれなカフェで、ケーキを食べながら楽しそうにはしゃぐ彼女たちを前に、大きな石みたいにじっと座っているだけの私はあきらかに浮いていた。
彼女たちはそんなこととっくに忘れてしまったのだろう。
席に案内すると「この前はコレだったから今日はコレにしよう」とさっそくメニュー決めで盛り上がっている。
「日浦さん、なんかサービスしてよー」
と1人が言い出した。
「えっ?」
その意味が最初わからなかったけれど、どうやら「友人」という特権で何か無料でくれと言っているらしい。
新人の私にそんな権限があるはずもなく、だいいち彼女たちは友達でもない。
しかし4人集まった彼女たちは、さらに強気にでる。
「いいね、あたしアイスがいいなあ」
「フラペチーノ飲みたーい」
「プチパフェもいいなー」
どれだけ食べるつもりだと突っ込みたくなる遠慮のなさだ。しかもまだ頼んですらいない。
「あの、それはお金払ってもらわないと難しいかと」
「えー、友達割引とかないのぉ?」
普段同じ教室にいても話さないのに、こんなときだけ使われる「友達」という言葉に違和感を覚えた。
「うちのバイト先のファミレス、友達来たらアイスサービスしてくれるよー」
「あっ、うちもうちも」
しつこくサービスを要求する彼女たちに困惑していたとき、
「失礼します」
すっと私の横にあらわれたのは、さっきまでキッチンに立っていたはずの満島くんだった。
「当店では、お客様の中に誕生日月の方がいれば、サービスでデザートがつきますが、いかがでしょうか」
「えっ」
満島くんを見上げて、4人の顔つきが変わった。
「あっ、この子、今月誕生日です!」
「では、デザートにバースデープレートをお持ちいたしますね」
「ほんとですかっ。嬉しいー!」
はしゃぐ彼女たちに満島くんはにっこりと笑い、一礼して去っていった。
私はぽかんとその後ろ姿を眺めた。
……な、なんて鮮やかな切り返し。
「やば、超カッコいいんだけどっ!」
「ねえ日浦さん、あの人名前なんていうの?」
「紹介してっ!」
盛り上がる4人に、
「あの人、彼女いるよ」
私は短く告げた。4人の顔がわかりやすくひきつった。
これ、言ってよかったのかな。
と思いつつ、席を離れるときは案内するときより、気持ちが軽くなっていた。

「たまにいるんだよねー、ああいう図々しい客」
流れを見ていたらしい紗栄子が、腰に手を当てて憤慨する。
「ただの知り合いのくせにサービスしてとか言ってきたり、クーポン小細工して何回も使い回ししようとしたり、やることがいちいちケチくさいんだよ」
「ま、まあまあ」
「ななちゃんもはっきり断らないと。ああいう連中は一度いけると思ったらすぐ調子乗るんだからねっ」
「とりあえず、君たちは喋ってないで仕事しようか。あと日浦さん、困ったときはすぐに誰かに相談するように」
いつのまにか背後に立っていた店長にビクッとし、2人で返事をして退散した。
カウンターの奥で、満島くんが笑いを堪えているのがチラリと見えた。