兄からのおさがりの学習机にランドセルを置いて、真冬は国語の教科書を取り出した。

今日はさすがに図書館には行けないな、と教科書に載っている物語を次々に読んでいく。
何かあったと分かっていて出かけるほど、真冬は薄情ではなかった。

真冬は昔から読書が好きだった。
自分じゃない誰かに重ね合わせて読むと、正義のヒーローにもなれるし、魔法使いにだって、お姫様にだってなれるから。

物語の中の真冬は、限りなく自由だった。

ガチャ、読書に集中していると玄関のドアが開く音がした。
どうやら随分と時間が経っていたらしい。

「洸太、あぁよかった、無事で」
「なんかあったの?」

アルバイトを終えて帰宅した兄を出迎えた母親はその様子にホッと胸を撫で下ろした。

不思議そうな兄に「話があるわ」と言った母親は、階下から真冬を呼びつける。

「真冬、あなたも降りてらっしゃい」
「はい」

帰ってきてから初めてリビングに足を踏み入れると、今朝とは比べ物にならないほど、酷い有様に変わっていた。

床には割れた食器が散らばり、父親の趣味のバイク雑誌はビリビリに破かれて、ペンがあちこちに散乱している。

テレビの液晶もリモコンでも投げつけられたのか、粉々に割れていた。

まるで泥棒でも入ったかのような散らかり具合だ。
流石の真冬も驚きに目を丸くした。

「……こ、れは」

真冬の隣で絶句していた兄がなんとか言葉を口にする。
口を真一文字に結び、傷の入ったソファに沈む父親がぴくりと身動きした。