スキンヘッドと刺青が慌てたように走って家から出てくる。
ちょうど高見がドアを開けるのを見ていたらしい。

「すんません、高見さん。遅くなりまして」
「いい、行くぞ」

運転席にスキンヘッド、助手席に刺青。
後部座席には真冬と高見。

「嬢ちゃん、最後に窓開けて親御さんに挨拶でもしとくか?」
「いえ、大丈夫です」

気を使ってくれたのだろう、スキンヘッドがミラー越しに真冬を見て声をかけてくる。

でもありがとうございます、と断ると、スキンヘッドは特に気にしていない様子でニカッと笑い、シートベルトを装着した。

真冬がスモークの貼られた窓から家の方を見ると、両親は門戸の前に立っていた。
やけに嬉しそうにホッとした顔で、動き始めた車を見送っていた。

両親からしてみたら、不要な穀潰しを厄介払いできてよかったのかもしれない。

「(最後に一言だけでいいから、にいちゃんにお礼を伝えたかったな)」

いつも真冬の味方でいてくれたひと、それが兄だった。
アルバイトから帰ってきて、真冬がいなくなったことに気づいた兄はどんな反応をするのだろう。

兄を思うと、胸が軋んだ音を立てる。
もし真冬ではなく兄がヤクザに連れていかれることになっていたら、真冬は代わりになるつもりだった。

守ってくれた兄に、真冬のできる最後の恩返しをしたかった。
だから、母親が真冬に宣告したとき、兄じゃなくてよかったと少しだけ安心してしまった。

けれど、自分のいないときに連れていかれた妹を知って、彼は自身を責めないだろうか。
それだけが、唯一の心残りだった。

そんな真冬の心境なんて知らず、車は知らない道を通って、どんどんスピードを上げていく。

「(あ……)」

真冬の世界が、すごい勢いで広がっていく。
窓の外の景色がどんどん物珍しいものに変わっていくのを、真冬はついぞ涙すら流さず、ただぼんやりと見つめていた。

ちっぽけなあの町が、真冬にとっての世界だった。

世界は想像の何倍も広くて、孤独なのだと。
この日、真冬は初めて知った。