きっかけは単純明快だった。

目を閉じて思い出すのは、小学生の頃。
ガンガンガン、真っ黒のスーツを着たおじさんがふたり、怒鳴りながらドアを叩く。
毎日まいにち、それが続いた。

父親は冷や汗をかきながら謝るばかりで、母親は隠れるように部屋の隅で兄にすがりつきながら泣いていた。
真冬はその様を泣きもせずにただじっと見つめていた。

学校に行けば白い目で見られて、近所の人には後ろ指をさされて、家では存在しないものとして扱われてた。

居場所なんてどこにもなかった。
産まれてくるのを間違えた、と思った。

目を閉じれば今でもはっきりとあの光景がまぶたの裏に思い浮かぶ。
最近は夢で魘されることもだいぶ減った。

「夏野さん」「いるのはわかってんですよ」って、近所中に聞こえるように怒鳴る声。
母親の啜り泣く声も、父親の荒れた声も。
「どうか娘だけで」と懇願する声も。
その言葉の裏に兄だけは守りたいという意思があったことに気づいてた。

全部ぜんぶ、覚えてる。

寒空の下、12歳の真冬は親の借金を肩代わりするためにヤクザに売られた。