ラブレター? 謎の手紙

 相変わらず変わらぬ日常の中で、時羽は雪月に残りの寿命について聞くことができないでいた。話す機会はあっても、いつ死ぬってわかっているのか、と聞くチャンスがそうそうあるわけでもない。それに、知らないほうが幸せかもしれない。幻想堂の店員としての気持ちとクラスメイトとしての気持ちが合い混じりあう。だから、そっとしておくのが一番だという結論も出ていた。

 彼女の微笑みを見るたびに心が痛む。まるで食べられるのを待っている果実のように彼女は生き生きとしていた。

「なんだ? この手紙」
 時羽の机の中に見慣れない白い封筒が入っていた。開いてみると、
「お話したいことがあります。放課後4時に図書室前で待ってます」

 名前は書いていないので、差出人はわからない。丸いかわいらしい文字は女性だろうとは思う。しかし、わざわざ呼び出すなんてお礼参りされるのだろうか? 嫌がらせか? ネガティブをこじらせると悪いことしか思い浮かばないのが時羽らしい。違った意味での緊張が走る。

「あれ? この手紙は何かな?」
 目ざとい雪月が変化に気づく。些細なことでもすぐ気づく雪月には要注意だと時羽は感じていた。

「これは、なんでもない」
 つい時羽は手紙を隠す。目を細めてほくそ笑む雪月。

「ラブレターかな?」
「まさか。俺への嫌がらせか果たし状に違いない」
 本気でそう思っている時羽は自己肯定感が本当に低いのだと、見ていた雪月は半ば呆れた様子だった。

「そうなの? 私が付き添ってあげようか?」
「危険なことがあるかもしれない。果たし状に関わるのはやめとけ」
「へえ、今日の放課後図書室前か。今日図書委員会の当番だったよね。その時間は私が図書委員の仕事ちゃんとやっておくから安心してね」
 雪月はにやりとした。

「いつも仕事なんてほとんどないだろ」
「図書館は静かだから声が聞こえるかもしれないよね。どんな話かじっくり聞いておくね」
「聞かなくていいから」
 そう言うと、雪月にこれ以上関わらせないように対処する。時羽があれこれ考えていると、にやりとした笑みを浮かべて雪月が間近で見ていた。

 時羽は慣れない呼び出しに胸を高鳴らせ、授業の内容も耳に入らずだ。普通ならば女子からの呼び出しだと思い胸を高鳴らせるものだが、時羽の場合、最悪の事態を想定する。不良何人かに囲まれて殴られるとか、嫌がらせをされて動画を配信されるとか、本気で不安な気持ちにしかならなかった。今日はいつもに増して、時羽はバリアを張る。目に見えない近寄るなオーラだ。透明だが、空気を読める人にはすぐわかる通称時羽バリアだ。

 しかし、放課後になって図書室前で待つも誰も来ない。結局差出人はわからずだった。何も起こらなかったことに安堵する時羽と正反対の残念そうな雪月。

「あれ? 用事は済んだの?」
「誰もこなかった。誰が差出人なんだろうな? 俺に恨みを抱いているのは誰なのかは気になるところだが」
「私が見てあげる?」
 雪月は手を差し出す。手紙を見るということらしい。

「気になるし、頼むわ」
 時羽は手紙を差し出した。とはいっても、封筒に入ったままだ。これで、見えるというのだから、寿命と引き換えの能力はなかなかのものだ。

「書いている手元は見えたよ。多分女子高生。時羽君のことが気になっているのかも」
「俺に文句を言いたいとかそういった輩か」
 声が少し大きくなる。
「静かに」
 1本の指を立てて雪月は注意した。

「ひやかしとか、からかいではないと思う。多分だけれど……。窓際から大きな木が見えるみたい。これってうちのクラスから見える窓の外の景色かもしれない。そして、赤いハートのシャープペンを持っている人っていた?」

「赤いハートのシャープペン。そういえば、誰かが持っていたような気がする」
「もしかして江藤さんじゃない?」
 江藤さんは清純派で、顔は普通よりかわいい感じだ。一般的な男子からの評価は悪くはない。

「でも、安斉さんと井上さんも持っていたなぁ」
 雪月の観察眼はなかなかのものだ。
 よく文房具までチェックできるものだと時羽は女子力に感心していた。
 安斉さんは体格がいい柔道をしている女子だ。力強い印象だ。井上さんは比較的まじめそうで、メガネをかけている。静かで少し暗い印象だ。

「女子から俺はそんなに憎まれていたのか、何もしていないのにな」
 いつのまにか時羽の背中を触っていた雪月が見上げながら笑いだす。

「本当に敵討ちだと思っているの? 本当に思考が変だよね。時羽君は嫌われることなんてしていないんでしょ」
「でも、見た感じで嫌われるのはわかっている」

 堂々と嫌われていることを認める時羽のネガティブ思考を見ていると、雪月は、いささか気の毒に感じていた。

 ふいに思考を盗み見られてしまった時羽は少し恥ずかしくなる。やはり、心の中の映像を読まれてしまうというのはどうにも恥ずかしい。いわば、心の中はデリケートゾーンだ。そういった場所を見られるのはプライバシーの侵害だが、幻想堂の客であり、そのせいで能力が身についたというのはなんだか責任すらも感じてしまい、時羽は一方的に雪月を責めることはできないでいた。

「でも、あの景色の見え方は窓際だよね」
 窓際と言えば、安斉さんも江藤さんも当てはまる。なんともいえない気持ちになる時羽。

 図書室のドアをノックする音がする。入ってきたのは江藤さんだ。
 もしや文句を言いに来たのか? 時羽の顔がこわばる。

「実は、時羽君に話したいことがあって」
「私、席をはずそうか?」
 雪月は気を利かせた。

「風花ちゃんがいたほうがいいんだ」
「実は、幻想堂のことで聞きたい事があって」
 時羽は少し安心した表情を見せた。どうやら文句があるという感じではない。相談だろうか。

「幻想堂のことって?」
「時羽君の実家がやっている喫茶店だということを知って。あそこで寿命の取り引きができるんでしょ?」
「そんなに表沙汰にはしてないけれど、本当だよ」
 時羽は仕事モードになる。

「実は相談したい事があるの」
「このあと、一緒に喫茶店に行くか? でも、慎重に利用しろよ」

 喫茶店の顔になると時羽はいつものふ抜けた表情ではなくなる。そのギャップに普段を知っている江藤は少々驚く。