花火大会
岸と雪月は付き合うような前向きな話をしていた割に、1週間以上経っているのに特に進展は見られない。というか岸は、桔梗のだらしなさやわがままに振り回されて、それどころではない様子だ。
岸は人がいい。だから、放っておけないのだろう。それに、岸自体が世話を全く嫌がっている様子はなく、普段の生活の延長上すぎて違和感が全くない。
桔梗が高校に通うことになったら岸は桔梗につきっきりになってしまうかもしれない。そうしたら、雪月のあと2年ちょっとの生きている時間が虚しいものになってしまうかもしれない。岸の奴に無責任だとひとこと言ってやらなければ気が済まん!! 自然と怒りが沸く。あんなに面倒なことが嫌いな時羽はこの数カ月で別人のように熱い何かを秘めるようになっていることに本人はまだ気づいていない。
「何を怒っているの?」
仕事を終えた時羽の腰のあたりに触れた雪月はにやりと笑う。
「見たのか?」
「熱湯のような怒りのマグマの映像だった」
「プライバシーの侵害だっての!! 盗み見るなよ」
にこにこしている雪月に向かって聞く。こんなことを聞けた身分じゃないがどうしても聞きたかった。
「あのさ……おまえは岸と付き合っているのに、どうして岸は桔梗とばっかり話しているんだ」
「それは、色々訳があって……」
「どういう訳だよ」
「時羽君には関係ないでしょ。私と海星のことなんだし」
海星と下の名前で呼ぶ雪月はやはり、岸のことが好きになったのだろう。それなのに、岸ときたら、全く雪月と話そうともしていない。
「俺は部外者だからな。でも、ちゃんと生きている時間を俺は大切にするべきだと思っている。だから、岸と楽しい時間を過ごせないならば交際する必要はないんじゃないか?」
「でも私、生きているうちに彼氏くらい作っておきたいしなぁ。想い出づくりって大切でしょ。16歳は今しかないわけだしね」
「俺は、一人ぼっちでもかまわないって思うんだよな。たとえ寿命の残りが少なくなっても、心地いい時間が過ごせるならばそれでいいと思っている」
そう言うと、時羽は岸の方に向かって勢いよく早歩きになる。
「おい、岸」
時羽は人生初、他人の胸ぐらをつかむ。鬼気迫る勢いで岸に鋭い眼光を飛ばす。元々眼光が鋭い時羽なので、普通に怖い。
「どうして、雪月のことを放っておくんだ。彼女は先が短いんだ。桔梗の世話で手に負えないなら、雪月のことは諦めろ」
「あれぇ、珍しく熱いねぇ。僕には風花ちゃんは合わないみたいなんだよね。風花ちゃんとは趣味も合わないし、雑学の話をしてもつまらなさそうにされるしさぁ」
岸は面倒くさそうに視線を逸らす。
「あんなに好きだと言っていたのに、そういういい方は人としてどうなんだよ!!」
声が大きくなる。通り過ぎる人が振り返ってみることすら時羽にはどうでもいいことだった。人の視線を気にせず、時羽は怒りをあらわにする。
「わりぃ。風花ちゃんのこと、頼むわ」
そう言うと、桔梗と岸は人ごみの中に消えた。今日は花火大会があるので、普段よりも人が多い。少し離れるとすぐにはぐれてしまう。あっという間に見えなくなってしまった。待てよ、と言おうと思い、手を伸ばすが、時羽は雪月と二人取り残されたということに気づく。
時羽はふと我に返る。あれ? 何を熱く怒っているのだろうか? 自分が怒る立場だろうか? 以前は自分こそ雪月に悪影響を及ぼすから身を引こうと断ったくせに。自分の中で矛盾が回転する。
「ありがとう」
時羽の背中に触れて顔を赤らめる雪月。口下手な時羽は言葉で伝えるよりも心を映像で見てもらったほうがずっといいのかもしれないと納得する。だから、いつもならば盗み見るなというところだが、時羽は雪月が触れた手をはねのけず、人々が行きかう夕暮れの街の中でたたずんだ。そこだけが時間が止まったままのような感覚だ。雪月といる空間は居心地がいいと感じていたからかもしれない。
「花火大会に行こうか?」
浴衣姿の雪月はいつも通り笑う。
「岸君とは付き合っていないから」
その一言に時羽は、動揺する。
「でも、交際するとか言ってただろ」
「あれは、岸君の作戦。時羽君が自分の心を知るためには、僕と付き合うっていう話にしたほうがいいって。時羽君は本当の気持ちに気づいていないからって」
「どういう意味だよ?」
きつねにつままれたような顔をする時羽。
「時羽君ってあんなに怒ったりするんだね。最近不機嫌で、私たちを避けていたでしょ。だから、今日は強行突破しようって岸君が提案してくれたの。だいたいそんなに私の恋心が変わると思う? 私のこと全然わかってないよね」
それって、雪月はまだ俺のことを好きだということだろうか? 時羽はその事実に驚愕する。時羽は人を基本的に疑わない。だからこそ、雪月が岸を好きだと言えば、そうなんだと信じていた。そう考えると、今、二人きりにしたのは岸の作戦ということだろうか。あいつのことだ、絶対にそうだ。
しかし、雪月のことを好きだと言っていたのは本心じゃなかったのだろうか。少し疑念は残ったが、彼女の気持ちを第一に考えたのかもしれない。だから、わざと時羽を怒らせるような態度を取ったのだろう。岸海星はそういう男だったということに改めて気づかされる。そして、岸の本心はもしかして、桔梗の制服姿を見て動揺していたところにあるのかもしれない。つまり、本当に好きな人は雪月ではなく桔梗だということに気づいたからこそ、こんな回りくどい親切行為を行ったのかもしれない。当たり前だと思っていた気持ちは、自分では意外とわからないものだ。
岸と雪月は付き合うような前向きな話をしていた割に、1週間以上経っているのに特に進展は見られない。というか岸は、桔梗のだらしなさやわがままに振り回されて、それどころではない様子だ。
岸は人がいい。だから、放っておけないのだろう。それに、岸自体が世話を全く嫌がっている様子はなく、普段の生活の延長上すぎて違和感が全くない。
桔梗が高校に通うことになったら岸は桔梗につきっきりになってしまうかもしれない。そうしたら、雪月のあと2年ちょっとの生きている時間が虚しいものになってしまうかもしれない。岸の奴に無責任だとひとこと言ってやらなければ気が済まん!! 自然と怒りが沸く。あんなに面倒なことが嫌いな時羽はこの数カ月で別人のように熱い何かを秘めるようになっていることに本人はまだ気づいていない。
「何を怒っているの?」
仕事を終えた時羽の腰のあたりに触れた雪月はにやりと笑う。
「見たのか?」
「熱湯のような怒りのマグマの映像だった」
「プライバシーの侵害だっての!! 盗み見るなよ」
にこにこしている雪月に向かって聞く。こんなことを聞けた身分じゃないがどうしても聞きたかった。
「あのさ……おまえは岸と付き合っているのに、どうして岸は桔梗とばっかり話しているんだ」
「それは、色々訳があって……」
「どういう訳だよ」
「時羽君には関係ないでしょ。私と海星のことなんだし」
海星と下の名前で呼ぶ雪月はやはり、岸のことが好きになったのだろう。それなのに、岸ときたら、全く雪月と話そうともしていない。
「俺は部外者だからな。でも、ちゃんと生きている時間を俺は大切にするべきだと思っている。だから、岸と楽しい時間を過ごせないならば交際する必要はないんじゃないか?」
「でも私、生きているうちに彼氏くらい作っておきたいしなぁ。想い出づくりって大切でしょ。16歳は今しかないわけだしね」
「俺は、一人ぼっちでもかまわないって思うんだよな。たとえ寿命の残りが少なくなっても、心地いい時間が過ごせるならばそれでいいと思っている」
そう言うと、時羽は岸の方に向かって勢いよく早歩きになる。
「おい、岸」
時羽は人生初、他人の胸ぐらをつかむ。鬼気迫る勢いで岸に鋭い眼光を飛ばす。元々眼光が鋭い時羽なので、普通に怖い。
「どうして、雪月のことを放っておくんだ。彼女は先が短いんだ。桔梗の世話で手に負えないなら、雪月のことは諦めろ」
「あれぇ、珍しく熱いねぇ。僕には風花ちゃんは合わないみたいなんだよね。風花ちゃんとは趣味も合わないし、雑学の話をしてもつまらなさそうにされるしさぁ」
岸は面倒くさそうに視線を逸らす。
「あんなに好きだと言っていたのに、そういういい方は人としてどうなんだよ!!」
声が大きくなる。通り過ぎる人が振り返ってみることすら時羽にはどうでもいいことだった。人の視線を気にせず、時羽は怒りをあらわにする。
「わりぃ。風花ちゃんのこと、頼むわ」
そう言うと、桔梗と岸は人ごみの中に消えた。今日は花火大会があるので、普段よりも人が多い。少し離れるとすぐにはぐれてしまう。あっという間に見えなくなってしまった。待てよ、と言おうと思い、手を伸ばすが、時羽は雪月と二人取り残されたということに気づく。
時羽はふと我に返る。あれ? 何を熱く怒っているのだろうか? 自分が怒る立場だろうか? 以前は自分こそ雪月に悪影響を及ぼすから身を引こうと断ったくせに。自分の中で矛盾が回転する。
「ありがとう」
時羽の背中に触れて顔を赤らめる雪月。口下手な時羽は言葉で伝えるよりも心を映像で見てもらったほうがずっといいのかもしれないと納得する。だから、いつもならば盗み見るなというところだが、時羽は雪月が触れた手をはねのけず、人々が行きかう夕暮れの街の中でたたずんだ。そこだけが時間が止まったままのような感覚だ。雪月といる空間は居心地がいいと感じていたからかもしれない。
「花火大会に行こうか?」
浴衣姿の雪月はいつも通り笑う。
「岸君とは付き合っていないから」
その一言に時羽は、動揺する。
「でも、交際するとか言ってただろ」
「あれは、岸君の作戦。時羽君が自分の心を知るためには、僕と付き合うっていう話にしたほうがいいって。時羽君は本当の気持ちに気づいていないからって」
「どういう意味だよ?」
きつねにつままれたような顔をする時羽。
「時羽君ってあんなに怒ったりするんだね。最近不機嫌で、私たちを避けていたでしょ。だから、今日は強行突破しようって岸君が提案してくれたの。だいたいそんなに私の恋心が変わると思う? 私のこと全然わかってないよね」
それって、雪月はまだ俺のことを好きだということだろうか? 時羽はその事実に驚愕する。時羽は人を基本的に疑わない。だからこそ、雪月が岸を好きだと言えば、そうなんだと信じていた。そう考えると、今、二人きりにしたのは岸の作戦ということだろうか。あいつのことだ、絶対にそうだ。
しかし、雪月のことを好きだと言っていたのは本心じゃなかったのだろうか。少し疑念は残ったが、彼女の気持ちを第一に考えたのかもしれない。だから、わざと時羽を怒らせるような態度を取ったのだろう。岸海星はそういう男だったということに改めて気づかされる。そして、岸の本心はもしかして、桔梗の制服姿を見て動揺していたところにあるのかもしれない。つまり、本当に好きな人は雪月ではなく桔梗だということに気づいたからこそ、こんな回りくどい親切行為を行ったのかもしれない。当たり前だと思っていた気持ちは、自分では意外とわからないものだ。