夏休み2
それ以降の時羽の夏休みは、なんとなく集まりには行かない日が増えた。なぜ距離を置いたのかは明確な説明はできなかったが、自分らしく一人で過ごしたいという気持ちがあったからだ。認めたくはなかったが、初めて面と向かって自分を好きだと言っていた雪月が岸と仲良くなっていく様子を見ているのも馬鹿げているような気がしていたからだった。
ドリンクパーティーや星を見る会など楽しい誘いは来たものの、スルーまたは断りの連絡を入れて距離を保っていた。その代わり、沢村たちの男子グループに誘われて川や海に行った時羽は充分夏を満喫していた。
今日行われる地元の花火大会も岸や雪月に誘われていたのだが、いつも通りスルーしていた。すると、花火大会の当日夕方、幻想堂に3人がやってきた。桔梗と雪月はゆかたを着てすっかり祭りモードだった。あまりにも狭い店内で時羽は無視することもできず、愛想笑いを浮かべながら、不自然な挨拶をする。
「やぁ、お久しぶり」
時羽の笑顔は引きつる。切れ長の目は笑うとさらに細くなる。
「花火大会に行くぞ」
岸はうちわを仰ぎながら夏全開という感じのシャツに短パンだった。これから海に行くという感じだろうか。
「店の手伝いあるし」
「夏休み中は手伝いは夕方までなんでしょ」
生半可に雪月に夏休みの時間帯を知られてしまった時羽は嘘をつくこともできない。当初は毎日集まるということでお互いのスケジュールを教えあっていた。そのあと、時羽は沢村たちとの予定や家の用事など適当な理由をつけて顔を出さなくなっていたので、少々気まずい。
「急に来るとは、意外だな。桔梗ちゃんまで来てくれるなんて」
「桔梗にはリハビリさせねーとな。夏休み明けから高校生だ。歩きなれていないから体力も筋力も落ちてるしな。何かと理由をつけて外に連れ出そうと思ってな。今日以降も海に行ったりするから、時羽も来い」
「店の仕事あるし」
「毎日じゃないだろ。週に2日定休日はあるしな。定休日は死神堂も同じ曜日だから出かけやすいってことだ」
「おまえら恋人の邪魔はしたくないんだ」
すると、雪月が時羽の背中に手を当てる。心を盗み見るということだ。
「やめろ」
とっさに時羽の声が大きくなり、2人程度しかいない客が驚いた顔で見つめる。それに気づいた時羽は「すみません」と客に謝り、小声で言う。
「盗み見る気か」
「見えちゃった」
雪月には時羽が一人ぼっちで白い迷宮をさまよう映像が見えていた。それは、孤独に対して辛いと感じる映像だった。さまよっても出口が見えないという状況だ。
「大丈夫だよ。まだ岸君とは正式にはお付き合いはしていないし、時羽君が邪魔だっていうことはないから」
正式にはお付き合いをしていないという言葉が引っかかったが、そのまま仕事をする。
岸と言えば、とりあえず何か注文しようとメニュー表を見ながら、桔梗にもどれを頼むのかと聞いているようだった。多分、桔梗の社会復帰のリハビリは思った以上に大変なことで、幼なじみの岸にとっては今こそ一生懸命取り組むべきことなのだろう。そして、心こそ見えるわけではない時羽だが、雪月のほうが蚊帳の外になっていることに気づき、3人よりも4人のほうが花火大会が楽しめるのだということを感じとった。
雪月も桔梗も紺色を基調とした浴衣姿が似合う。髪をアップにするとうなじが見え、いつもと違う美しさがあった。雪月はいつもよりもだいぶ大人っぽい。紺の中に咲く花がピンク色の朝顔で、雪月にはとてもよく似合う。時羽は雪月が特にふったことを気にしている様子もなく、話しかけてくれるので少し安心した。そこに気まずさという空気がなかったことは救いだ。
「我はオレンジジュースで」
「僕はアイスティーで」
「私はアイスコーヒーで」
三者三様の選択肢があり、ミルクを入れるか砂糖を入れるかというのも同じ飲み物を注文しても人によって違う。それはそれは、人それぞれの飲み方、個性が現れるとコーヒー1つでも時羽は感じる。人によって砂糖をものすごくたくさん入れる人、ミルクをたくさん入れる人もいる。ミルクだけ入れて砂糖を入れない選択肢もある。
人生の選択はコーヒーに似ている。ひとつの選択肢があったとしてももう一つの選択肢も多数ある。その選択方法は個人の考えによって決まる。同じ高校にいても同じ人生を歩む人間はいない。さじ加減次第で人生はどれだけでも変化することができる。
「今日は早く上がっていいわよ」
時羽の母が気を利かせる。
「俺、浴衣持ってないけど」
「そのままでいいよ」
自分を好きだと言ってくれた女子を目の前にするとやはり意識しないということはかなり難しい。しかも、心を映像で見てしまう人間には要注意だ。時羽は厳戒態勢で史上初の花火大会に挑む。
それ以降の時羽の夏休みは、なんとなく集まりには行かない日が増えた。なぜ距離を置いたのかは明確な説明はできなかったが、自分らしく一人で過ごしたいという気持ちがあったからだ。認めたくはなかったが、初めて面と向かって自分を好きだと言っていた雪月が岸と仲良くなっていく様子を見ているのも馬鹿げているような気がしていたからだった。
ドリンクパーティーや星を見る会など楽しい誘いは来たものの、スルーまたは断りの連絡を入れて距離を保っていた。その代わり、沢村たちの男子グループに誘われて川や海に行った時羽は充分夏を満喫していた。
今日行われる地元の花火大会も岸や雪月に誘われていたのだが、いつも通りスルーしていた。すると、花火大会の当日夕方、幻想堂に3人がやってきた。桔梗と雪月はゆかたを着てすっかり祭りモードだった。あまりにも狭い店内で時羽は無視することもできず、愛想笑いを浮かべながら、不自然な挨拶をする。
「やぁ、お久しぶり」
時羽の笑顔は引きつる。切れ長の目は笑うとさらに細くなる。
「花火大会に行くぞ」
岸はうちわを仰ぎながら夏全開という感じのシャツに短パンだった。これから海に行くという感じだろうか。
「店の手伝いあるし」
「夏休み中は手伝いは夕方までなんでしょ」
生半可に雪月に夏休みの時間帯を知られてしまった時羽は嘘をつくこともできない。当初は毎日集まるということでお互いのスケジュールを教えあっていた。そのあと、時羽は沢村たちとの予定や家の用事など適当な理由をつけて顔を出さなくなっていたので、少々気まずい。
「急に来るとは、意外だな。桔梗ちゃんまで来てくれるなんて」
「桔梗にはリハビリさせねーとな。夏休み明けから高校生だ。歩きなれていないから体力も筋力も落ちてるしな。何かと理由をつけて外に連れ出そうと思ってな。今日以降も海に行ったりするから、時羽も来い」
「店の仕事あるし」
「毎日じゃないだろ。週に2日定休日はあるしな。定休日は死神堂も同じ曜日だから出かけやすいってことだ」
「おまえら恋人の邪魔はしたくないんだ」
すると、雪月が時羽の背中に手を当てる。心を盗み見るということだ。
「やめろ」
とっさに時羽の声が大きくなり、2人程度しかいない客が驚いた顔で見つめる。それに気づいた時羽は「すみません」と客に謝り、小声で言う。
「盗み見る気か」
「見えちゃった」
雪月には時羽が一人ぼっちで白い迷宮をさまよう映像が見えていた。それは、孤独に対して辛いと感じる映像だった。さまよっても出口が見えないという状況だ。
「大丈夫だよ。まだ岸君とは正式にはお付き合いはしていないし、時羽君が邪魔だっていうことはないから」
正式にはお付き合いをしていないという言葉が引っかかったが、そのまま仕事をする。
岸と言えば、とりあえず何か注文しようとメニュー表を見ながら、桔梗にもどれを頼むのかと聞いているようだった。多分、桔梗の社会復帰のリハビリは思った以上に大変なことで、幼なじみの岸にとっては今こそ一生懸命取り組むべきことなのだろう。そして、心こそ見えるわけではない時羽だが、雪月のほうが蚊帳の外になっていることに気づき、3人よりも4人のほうが花火大会が楽しめるのだということを感じとった。
雪月も桔梗も紺色を基調とした浴衣姿が似合う。髪をアップにするとうなじが見え、いつもと違う美しさがあった。雪月はいつもよりもだいぶ大人っぽい。紺の中に咲く花がピンク色の朝顔で、雪月にはとてもよく似合う。時羽は雪月が特にふったことを気にしている様子もなく、話しかけてくれるので少し安心した。そこに気まずさという空気がなかったことは救いだ。
「我はオレンジジュースで」
「僕はアイスティーで」
「私はアイスコーヒーで」
三者三様の選択肢があり、ミルクを入れるか砂糖を入れるかというのも同じ飲み物を注文しても人によって違う。それはそれは、人それぞれの飲み方、個性が現れるとコーヒー1つでも時羽は感じる。人によって砂糖をものすごくたくさん入れる人、ミルクをたくさん入れる人もいる。ミルクだけ入れて砂糖を入れない選択肢もある。
人生の選択はコーヒーに似ている。ひとつの選択肢があったとしてももう一つの選択肢も多数ある。その選択方法は個人の考えによって決まる。同じ高校にいても同じ人生を歩む人間はいない。さじ加減次第で人生はどれだけでも変化することができる。
「今日は早く上がっていいわよ」
時羽の母が気を利かせる。
「俺、浴衣持ってないけど」
「そのままでいいよ」
自分を好きだと言ってくれた女子を目の前にするとやはり意識しないということはかなり難しい。しかも、心を映像で見てしまう人間には要注意だ。時羽は厳戒態勢で史上初の花火大会に挑む。