夏休み
あっという間に夏休みがやってきた。これまで生きてきた中で、一番色々あった1学期が終わりを告げた。夜になるとドリンクパーティーをしながら花火をして星を見る。そして、岸の雑学を聞くというのが夏休みの日課だった。
夏休みは翌日の学校は休みなので、土曜日だけでなく、毎日行ける人は集まるという流れになった。あっという間に楽しい夏休みがやってきたのは思いのほか充実していたからかもしれない。
外からは蝉の声が聞こえるし、日差しは強く、まつりのシーズンで街はにぎわう。夏の風のにおいは気分が上がる。ここにいるメンバーは部活もなく自営の仕事くらいだ。勉強とはいっても受験生でもないので忙しいことは特になかった。
そして、桔梗の家族は桔梗に友達ができたことを喜んだ。心理学のカウンセラーに相談したり、ひきこもり問題は中学の頃から透千家でも四方八方手を尽くしたがなかなか解決できなかったらしい。しかし、時羽たちが通う高校にならば通いたいと桔梗が自ら言い出したというのだ。
普通、夏休み明けに入学できる高校があるはずもないのだが、時羽の通う高校は私立であり、進学校だ。つまり、勉強ができるものは優先的に入学してほしいと望んでいる学校だった。桔梗の生まれながらの頭の良さや中学での成績を見て、いつでも入学できるように手はずを整えられるのがこの高校の融通の利くところだった。だから、入学試験を夏休みに受けて、その成績が半年高校に通っていなくても充分通用するということが証明されたので、晴れて桔梗は高校生となった。制服も母親が急いで夏服を注文したらしい。
ここの制服はセーラー服を基調としたデザインだが、タータンチェックのスカートと茶色を基調とした色合いは他の高校にはあまりないので、遠目でも自分の高校の生徒だとすぐわかる。桔梗が新調した夏服を着てみたらしく、グループメッセージに集合がかかる。
みんなが集合すると、そこにいつもとは違う透千桔梗がいた。いつもだらしない大きめサイズのジャージを着ていた桔梗とは別人のように清楚でおしとやかなイメージに変化していた。少しだけ大人びた印象だ。
桔梗の髪型は今日は母親が髪の毛をちゃんと結ってくれたらしく、長い髪を二つに縛っていた。前髪も眉が見えるくらいに切ったので、瞳の大きさが強調される。左右対称に整った顔立ちはかわいらしさを強調する。黒目は思っていたよりも大きい。いつも前髪に隠れ気味で眠そうにしていたので、もっと小さい瞳だという印象だった。
それを見て一番驚いたのは岸だった。彼は声を発しなかった。そして、雪月はかわいい!! と声をあげてかけよる。時羽は誰だろうとばかりにじっくり見入る。
「桔梗ちゃんってやっぱりかわいいよね。童顔だし、絶対人気者だよね」
そんなまっすぐな雪月の誉め言葉に桔梗は照れくさそうに下を向く。
「学校に岸君と同じクラスで希望だしたんでしょ。安心だよね。私たちのクラスにも遊びに来てね」
「実は、消去屋の能力が少しだけ開花したんじゃ」
「本当に?」
言葉づかいは相変わらず桔梗独特なものだが、きりっとした桔梗は何やら始めた。花瓶に飾ってあったしおれた花に向かって桔梗が手を当て、何かパワーを手のひらに集めている様子だった。すると、少しずつ、しおれた花が元気な状態に戻った。
「でも、消去屋の能力は限界がある。まず、死をなかったことにできるのは、死んですぐの場合しか適用されない。つまり、死んで何年も経った人間に対しては、肉体的に復元が困難だから消去能力は無力だ。そして、それを続けても、病気や老衰の場合は限界があるから永遠に生きながらえることは難しい。一時的によくなっても永遠に生き続けることは無理ってことじゃ」
「消去屋のことは僕も詳しくはわからなかったが、たしかに死んだ人が生き返ったら戸籍など法律面で難しいし、周囲の人間が驚くよな。全員の記憶を消去するには限度があるしな」
岸の説明に時羽は納得する。
「死んだことを特定の人しか知らない場合で、死んですぐならばその記憶や死を消すことはできる。しかし、老衰や病気の場合はまたすぐに死がやってくる。だから、万能な力じゃない。雪月の母の死は我の力では消去できないんじゃ」
下唇を噛み締めた桔梗は悔しそうにする。でも、一時的だとしても花を生き返らせるという技は桔梗にしかできないことだ。そして、その力はこれから進化するのだろう。
「私のお母さんは、死神堂で怨みを持った人に殺されたみたい。でも、その人も既に死んでいると岸君は教えてくれた。お母さんを生き返らせることは無理。残ったのは短い寿命と心が映像で見える力だけか」
雪月は力なくうなだれた。
「さぁさぁ飲もうよ」
岸は、ジュースカクテルを作ることにはまっていて、大人で言う飲み会気分でジュースを毎日飲むことが日課になった。見た目も彩もきれいなジュースはアルコールこそ入っていないが、心を和ませてくれる。
ジンジャーエールや炭酸水と果汁のジュースを混ぜ合わせて作るドリンクは混ぜ方次第で色も味も変わる。その日の気分で混ぜ方を変えると気分も変わる。フルーツを入れたり見た目も華やかなドリンクだ。
「ジュースもちょっとしたことで味が変わるけれど、桔梗ちゃんはちょっと服装を変えただけで変わるもんなんだね」
雪月は笑う。岸は、桔梗の消去屋としての成長ぶりに感心して乾杯の音頭を取った。
「実は、岸君と付き合ってみようかっていう話になっているの」
飲み会さながらの雰囲気の中で、雪月が報告する。時羽はどきりとするが、顔に出さないようにしていた。
「海星、おぬしやりおるな」
岸が言う通り、桔梗は動揺する様子もなく、平然としていた。つまり、岸に対して、特別な感情を持ち合わせていないのだろう。それとは相反するように時羽の精神は乱れていた。これは本人も予想できないことだった。
「岸君の心の映像を見せてもらったの。すごく澄んでいて、純粋な景色だった。今まで見たこともない草原が広がっていたの。若草色の人に嘘をつく人はいないってことは今までの経験でわかるから。彼の言葉に甘えようと思うの」
「どす黒い映像で悪かったな」
時羽は拗ねたように言う。
「時羽君の場合は、人を信用できない臆病な灰色が多いよね。グレーな色合いとか自分に自信がない人の色で海のようにグレーが広がるの。でも、青空が広がるときもあったよ」
「どうせ臆病なグレーだよ」
「桔梗ちゃんの色は紫色で自分を持っている人だってことはわかる。でも、ちょっと臆病な灰色も混在していて、見たことのない立方体が空間に飛んでいるのが映像で見えるの。とても珍しい心の持ち主だよね」
「海星って呼んでよ。一応彼氏なんだし」
「うん」
仲睦まじくカップルが成立したけれど、残された時羽と桔梗はただそこにいるという感じで、正直お邪魔じゃないだろうかという気持ちが時羽をおそう。
「岸はあと3年も生きられない人を好きになる覚悟はあるのか?」
「あるよ。僕の寿命を彼女にあげてもいいって思っているよ。その時は、時羽、よろしく」
「寿命は簡単に譲渡するもんじゃない。よく考えろ」
「でも、それ以外に長生きする方法はないだろ」
「取引をなかったことに桔梗にしてもらえないのか?」
「それはできない。幻想堂が関わった案件は消去屋は消せぬ」
便利なようで使い勝手がよくない消去屋の機能に一堂何も言えないでいた。これだけ特別な力を持つ者が集まっても雪月の命を長く保つことができない無力感は何とも言えないものだった。
あっという間に夏休みがやってきた。これまで生きてきた中で、一番色々あった1学期が終わりを告げた。夜になるとドリンクパーティーをしながら花火をして星を見る。そして、岸の雑学を聞くというのが夏休みの日課だった。
夏休みは翌日の学校は休みなので、土曜日だけでなく、毎日行ける人は集まるという流れになった。あっという間に楽しい夏休みがやってきたのは思いのほか充実していたからかもしれない。
外からは蝉の声が聞こえるし、日差しは強く、まつりのシーズンで街はにぎわう。夏の風のにおいは気分が上がる。ここにいるメンバーは部活もなく自営の仕事くらいだ。勉強とはいっても受験生でもないので忙しいことは特になかった。
そして、桔梗の家族は桔梗に友達ができたことを喜んだ。心理学のカウンセラーに相談したり、ひきこもり問題は中学の頃から透千家でも四方八方手を尽くしたがなかなか解決できなかったらしい。しかし、時羽たちが通う高校にならば通いたいと桔梗が自ら言い出したというのだ。
普通、夏休み明けに入学できる高校があるはずもないのだが、時羽の通う高校は私立であり、進学校だ。つまり、勉強ができるものは優先的に入学してほしいと望んでいる学校だった。桔梗の生まれながらの頭の良さや中学での成績を見て、いつでも入学できるように手はずを整えられるのがこの高校の融通の利くところだった。だから、入学試験を夏休みに受けて、その成績が半年高校に通っていなくても充分通用するということが証明されたので、晴れて桔梗は高校生となった。制服も母親が急いで夏服を注文したらしい。
ここの制服はセーラー服を基調としたデザインだが、タータンチェックのスカートと茶色を基調とした色合いは他の高校にはあまりないので、遠目でも自分の高校の生徒だとすぐわかる。桔梗が新調した夏服を着てみたらしく、グループメッセージに集合がかかる。
みんなが集合すると、そこにいつもとは違う透千桔梗がいた。いつもだらしない大きめサイズのジャージを着ていた桔梗とは別人のように清楚でおしとやかなイメージに変化していた。少しだけ大人びた印象だ。
桔梗の髪型は今日は母親が髪の毛をちゃんと結ってくれたらしく、長い髪を二つに縛っていた。前髪も眉が見えるくらいに切ったので、瞳の大きさが強調される。左右対称に整った顔立ちはかわいらしさを強調する。黒目は思っていたよりも大きい。いつも前髪に隠れ気味で眠そうにしていたので、もっと小さい瞳だという印象だった。
それを見て一番驚いたのは岸だった。彼は声を発しなかった。そして、雪月はかわいい!! と声をあげてかけよる。時羽は誰だろうとばかりにじっくり見入る。
「桔梗ちゃんってやっぱりかわいいよね。童顔だし、絶対人気者だよね」
そんなまっすぐな雪月の誉め言葉に桔梗は照れくさそうに下を向く。
「学校に岸君と同じクラスで希望だしたんでしょ。安心だよね。私たちのクラスにも遊びに来てね」
「実は、消去屋の能力が少しだけ開花したんじゃ」
「本当に?」
言葉づかいは相変わらず桔梗独特なものだが、きりっとした桔梗は何やら始めた。花瓶に飾ってあったしおれた花に向かって桔梗が手を当て、何かパワーを手のひらに集めている様子だった。すると、少しずつ、しおれた花が元気な状態に戻った。
「でも、消去屋の能力は限界がある。まず、死をなかったことにできるのは、死んですぐの場合しか適用されない。つまり、死んで何年も経った人間に対しては、肉体的に復元が困難だから消去能力は無力だ。そして、それを続けても、病気や老衰の場合は限界があるから永遠に生きながらえることは難しい。一時的によくなっても永遠に生き続けることは無理ってことじゃ」
「消去屋のことは僕も詳しくはわからなかったが、たしかに死んだ人が生き返ったら戸籍など法律面で難しいし、周囲の人間が驚くよな。全員の記憶を消去するには限度があるしな」
岸の説明に時羽は納得する。
「死んだことを特定の人しか知らない場合で、死んですぐならばその記憶や死を消すことはできる。しかし、老衰や病気の場合はまたすぐに死がやってくる。だから、万能な力じゃない。雪月の母の死は我の力では消去できないんじゃ」
下唇を噛み締めた桔梗は悔しそうにする。でも、一時的だとしても花を生き返らせるという技は桔梗にしかできないことだ。そして、その力はこれから進化するのだろう。
「私のお母さんは、死神堂で怨みを持った人に殺されたみたい。でも、その人も既に死んでいると岸君は教えてくれた。お母さんを生き返らせることは無理。残ったのは短い寿命と心が映像で見える力だけか」
雪月は力なくうなだれた。
「さぁさぁ飲もうよ」
岸は、ジュースカクテルを作ることにはまっていて、大人で言う飲み会気分でジュースを毎日飲むことが日課になった。見た目も彩もきれいなジュースはアルコールこそ入っていないが、心を和ませてくれる。
ジンジャーエールや炭酸水と果汁のジュースを混ぜ合わせて作るドリンクは混ぜ方次第で色も味も変わる。その日の気分で混ぜ方を変えると気分も変わる。フルーツを入れたり見た目も華やかなドリンクだ。
「ジュースもちょっとしたことで味が変わるけれど、桔梗ちゃんはちょっと服装を変えただけで変わるもんなんだね」
雪月は笑う。岸は、桔梗の消去屋としての成長ぶりに感心して乾杯の音頭を取った。
「実は、岸君と付き合ってみようかっていう話になっているの」
飲み会さながらの雰囲気の中で、雪月が報告する。時羽はどきりとするが、顔に出さないようにしていた。
「海星、おぬしやりおるな」
岸が言う通り、桔梗は動揺する様子もなく、平然としていた。つまり、岸に対して、特別な感情を持ち合わせていないのだろう。それとは相反するように時羽の精神は乱れていた。これは本人も予想できないことだった。
「岸君の心の映像を見せてもらったの。すごく澄んでいて、純粋な景色だった。今まで見たこともない草原が広がっていたの。若草色の人に嘘をつく人はいないってことは今までの経験でわかるから。彼の言葉に甘えようと思うの」
「どす黒い映像で悪かったな」
時羽は拗ねたように言う。
「時羽君の場合は、人を信用できない臆病な灰色が多いよね。グレーな色合いとか自分に自信がない人の色で海のようにグレーが広がるの。でも、青空が広がるときもあったよ」
「どうせ臆病なグレーだよ」
「桔梗ちゃんの色は紫色で自分を持っている人だってことはわかる。でも、ちょっと臆病な灰色も混在していて、見たことのない立方体が空間に飛んでいるのが映像で見えるの。とても珍しい心の持ち主だよね」
「海星って呼んでよ。一応彼氏なんだし」
「うん」
仲睦まじくカップルが成立したけれど、残された時羽と桔梗はただそこにいるという感じで、正直お邪魔じゃないだろうかという気持ちが時羽をおそう。
「岸はあと3年も生きられない人を好きになる覚悟はあるのか?」
「あるよ。僕の寿命を彼女にあげてもいいって思っているよ。その時は、時羽、よろしく」
「寿命は簡単に譲渡するもんじゃない。よく考えろ」
「でも、それ以外に長生きする方法はないだろ」
「取引をなかったことに桔梗にしてもらえないのか?」
「それはできない。幻想堂が関わった案件は消去屋は消せぬ」
便利なようで使い勝手がよくない消去屋の機能に一堂何も言えないでいた。これだけ特別な力を持つ者が集まっても雪月の命を長く保つことができない無力感は何とも言えないものだった。