デートしましょう

 学校があるので、気まずい状態だった二人も必然的に顔を合わせる。席が近いので、折を見て時羽が謝った。

「この前は、言い過ぎた。ごめん」
 時羽は雪月に対して感情的になりすぎたことを認め、謝る。

「時羽君は思いやりがある人だってわかった。だから、別に怒ってはいないよ。悪いと思っているならば、デートをしましょう」

 謝ったことをきっかけに、時羽に向かって雪月が無理な提案をして来る。まさか、そんなことがあるはずはない。嫌われ者の自分にそんな明るい話があってはならないと、時羽はスルーしてみる。時羽はスルー力が高いのが自慢でもある。正直なんの自慢にもならないのだが。

「ねぇ、聞いているの? 時羽君」
 名指しで言われると、さすがの時羽も無視するわけにもいかない。

「俺にできることはない」
 自分には無関係だといわんばかりに視線を逸らす。

「時羽君しかできないこともあるって。デートの相手になってほしいの」

「ハードルが高すぎる」

「じゃあお出かけの相手ということでいいから。残り少ない人生を楽しませてよ」

「残り少なくなっちまったのは、自己責任だろ」
 私情を挟んではいけないと思っていた。これからは、余計な感情を挟まないようにしないと、雪月に対してまた怒りをあらわにしてしまうかもしれない。

「岸に頼めばいい。奴ならば、快諾間違いなしだ」

「私は時羽君がいいと思って、お願いしているのに」

 時羽はため息をつく。正直なぜ客のアフターフォローをしなければいけないのだろうか。面倒なことは苦手分野だ。
「私の友達紹介してあげるから」

 友達というワードに時羽は胸が高鳴る。お金では買えない崇高な存在。それが友達だ。

「仕方ない、協力しよう」
 時羽は快諾した。つまり、友達に飢えた単純な男だということだ。

「ちょっと最近、風花と時羽君って仲いいよね?」
 遠巻きに見ていたクラスの女子グループに囲まれる。時羽にとってこれ以上怖いことはなかった。どうせ、嫌われ者の時羽と人気者の雪月がなぜ一緒にいるのかどうかと難癖付けられていじめを受けるのだろう。時羽の思考はマイナス一直線だ。

 ただ、秘密を共有しただけだ。それだけの関係だ。

「時羽君って結構面白いんだよ」
 雪月がにこやかに紹介する。

「もしかして、二人は付き合っているとか?」
 クラスメイトが野暮な質問を投げかける。あるわけがない。時羽金成だぞと思われるに違いない。全くみんな好奇心が旺盛すぎるんだよ。

「付き合ってないよ。私なんかと付き合っているなんて、時羽君がかわいそうだよ」

 愛されキャラの雪月は自分をへりくだって付き合っていないことをアピールする。さりげない優しさだな。本当は、こんなきもい奴とかありえないとか思っているのだろうと時羽は思い込む。

「ちょっと風花が羨ましいってみんなで言っていたんだよね」
 羨ましい? どういう意味だ? 時羽は困惑する。

「時羽君って滅多に女子と話さないじゃない? 男子とも話していないし。風花には心を開いているあたりが恋愛関係なのかなって勘繰っちゃってさ」

「時羽君ってクールで冷静沈着で、私たちの手が届かない人だと思っていたから。羨ましいって思っていたんだ」

 女子たちは少し恥ずかしそうにおだてたような言葉を放つ。きっとおだててあとで何か頼みごとをしてくるのだろう。持ち上げて落とす作戦だな。新たないじめの手口か。そんなことを時羽は真剣に思う。

「時羽君はクールでかっこよくてイケメンだからねー」
 雪月はそう言うと、時羽の肩に手を置いて反応を見る。
 みんなの手前邪険に手を振り払うことができず、硬直する時羽。

 時羽の心の中は疑心暗鬼の渦に包まれていた。真っ暗な闇と青空のような中に真っ白の雲が混ざり合った混沌とした映像だった。それは、雪月にしか見ることはできない映像で、時羽の困惑ぶりをわかりやすく示した映像のようだった。うれしい気持ちと疑いの気持ちと警戒の気持ちが混じりあう人間はそんなにいるわけではないので、時羽の映像をみることは雪月にとってちょっとした楽しみでもあった。

「俺のこと、ディスっているのか?」
 ひとこと、時羽はクラスメイトに言い放つ。

「まさかぁ。結構時羽ファンっているんだよ。でも時羽バリアがあると話しかけにくいよね」
 
 時羽の話しかけるなオーラは通称時羽バリアといわれているらしい。本人も無意識にネーミングしていた時羽バリアがクラスメイトにも浸透していたとは。

「こうやって話すことも貴重だよね。私なんて、ファンに睨まれまくってるんだから」

 時羽の心はピンク色の空に変わる。それは、うれしいと感じる力が強くなったということだろう。