「吉崎さんて、いい匂いすんね」

 すんっと鼻を鳴らした中尾くんに耳元で囁かれて、心臓がおかしなくらいに暴れ始めた。

「中尾くん、何言って──」
「俺、変なこと言ってるよね。わかってんだけど、この頃、汐里といてもなんでか吉崎さんのことばっかり気になって目で追っちゃうんだ。さっき、ケガの手当てで吉崎さんにちょっと触られたせいか、心臓ドキドキして、なんか溢れちゃいそう……」

 中尾くんの言葉に、心臓がドクンドクンと早鐘を打つ。
 だけど、ドクドクと音を立てているのは、私の心臓だけじゃなかった。重なり合った胸がお互いに共鳴するみたいに脈打っている。

 汐里は中尾くんのことをこんなふうにも言っていた。
「尚平はときどき嫌になっちゃうくらい適当なんだけど、でも顔はかっこいいんだよね。あと、笑うと可愛い。だから結局、たいていのことは許しちゃう」って。
 顔を赤らめて惚気る汐里は可愛かった。私は、汐里が本当に中尾くんが好きだってことをよく知ってる。

 だけど、間近で向き合ったときの中尾くんの真剣な表情が見惚れるほどに綺麗なことも、熱っぽい眼差しが彼を少し色っぽく見せることも、どうしようもなさそうに眉根を寄せて首を傾げる仕草は笑った顔より可愛いく見えるってことも。知らなかった。
 今、初めて知った。

「吉崎さん、ごめん。ちょっとだけ……」

 中尾くんが、私の頬を両手で包んで床から頭を浮かす。