(片想い止まり……じゃ、納得してもらえないだろうなぁ)

 彼女の経験では、その程度が限度だ。だってそれ以上の恋愛は経験していないから。

「ねえ、片岡さん。どうしてもそれに従わないといけませんか? あたしが今まで書いてたようなのじゃダメなんですか?」

 真樹は背中まで届く長さの髪をぐしゃぐしゃと()き乱しながら、(すが)るように担当氏に訊ねる。

「っていうか、そもそもどうして急に、路線変更なんて話が出たんですか? その理由を教えて下さいよ」

 昨日まで、そんな話は一度も出ていなかったのに。理由を聞かなければ、彼女も納得がいかない。

『……実はですね、先生。僕も前々から思ってたんですが。編集長が言うには、先生のお書きになる作品の内容が、最近マンネリ化してきてるんですよ』

「マンネリ化……」

 真樹は茫然(ぼうぜん)とその一言をオウム返しした。――まあ、自覚がなかったといえばウソになるけれど。

『そうです。内容が似通ってくると、その系統が好きなファン層にしかウケなくなる。すると、新たな読者層も獲得できなくなるんで本も読まれなくなるんです。一部の読者にしか読まれない本は、これ以上出しても仕方ないというのが編集長の意見でして』

「だから、路線変更が必要だってこと? 新たな読者層を獲得するために。でも、なんかそれって読者に()びるみたいで、あたしはイヤだなぁ」

 真樹は不満を漏らす。

 読者が望むような作品しか書けなくなったら、作者は自分が本当に書きたい作品を書けなくなってしまう。
 でも、読者がいないと商業作家という職業が成り立たないこともまた事実で、それが現実なのだ。

 作家という職業で食べていくのが夢なのだから、ワガママを言っている場合じゃないのは真樹にも分かっている。分かっている……のだけれど。

(なんだろう、このジレンマ)

『まあ、先生のおっしゃりたいことも分かりますけどね。我々出版業界っていうのは、読者さんあっての商売ですから。それに、路線変更は先生にとって悪いことばかりでもないと僕は思いますよ』