■体温と感情 side成瀬慧

 志倉に気持ちを伝えるつもりなんて、一ミリもなかった。
 それなのに、気づいたら口から言葉があふれ出ていた。
 だから、もう、何もかも明かして壊すしかないと、瞬時にそう思ったんだ。志倉のことを傷つけて、遠ざけて、ほとぼりが冷めたころに記憶を消して、全部何もなかったことにしようって。
 志倉との思い出も、俺のこの感情も、最初から全部全部無かったことにしようって……。
 それなのに、どうして……。
【成瀬君のこと、恨んであげないよ】
 どうしてそんなに、まっすぐなんだ。
 どうして、俺の中の罪悪感とも、向き合ってくれるんだ。
 傷つけたのは俺なのに。傷ついたのは君なのに。君の世界を変えてしまったというのに。
 それなのに、俺の本心しか、聞きたくないと言ってくれるのか。
 そんなの、もうとっくに、溢れだしていた。
 自分の弱さと向き合う強さも、変わりたいと立ち向かう勇気も、人の痛みに敏感すぎる優しさも、全部、全部。
 全部が、俺にとって眩かった。光のようだった。絶対に壊したくないと思った。
 傷つけたくないから、そばにいてはいけない、でもそばにいたい。その繰り返しで、何度も過去を思い出して自分の気持ちに蓋をした。だけど、その蓋を志倉がこじ開けた。『成瀬君の本心を聞かせて』と言われたあの瞬間、抑えていた気持ちが溢れだしてしまったんだ。
 
 ――岸野明人として生きていたあの頃、俺は志倉のことが憎かった。
 親は“奇病のせいで何か問題を起こしたら自分の立場が危うくなる”という自分勝手な理由だけで、俺がいなかったものとできるように、偽名での入学手続きを不正に行った。父が金で解決した映像が頭の中に流れてきたときは、心の中が空っぽになったのを覚えている。
 俺は、一切親に信用されていないし、本当に化け物だと思われているんだと。
 化け物は大人しく、人様の迷惑にならないように、静かに生きていかねばならないのだと。
 容姿も目立たないように完璧に管理をされ、幼少期は一着も自分で服を選んだことがない。顔を覚えられないようにと、黒縁の伊達メガネもつけさせられた。
 お手伝いに何を着せられても、次第に何も感じなくなっていった。
 勉強やスポーツで目立つと怒られたことがあったため、何も頑張らないと決めた。