やっぱり話しかけておけばよかった。

 そんなモヤモヤは、一週間続いた。

 どうして勇気を出さなかったのかと過去の自分を責めるけれど、じゃあなんて話しかければよかったのだと反論されると、今の私は何も言えない。

 そもそも、自分から積極的に人とかかわるのはあまり得意ではなかった。

 それは異性に対してはもちろん、同性に対してもそうだ。

 今までは、同じタイプの人といつの間にか仲良くなっていたり、良い意味で馴れ馴れしくしてもらったりしていた。一歩間違えれば、ぼっちになっていたと思う。

 恋愛経験もほとんどない。

 中学生のとき、仲の良かった男子に交際を申し込まれて付き合うことになったが、三ヶ月くらいで自然消滅した。

 それ以降も告白されることは何度かあったが、なんとなく前向きに考えられずに、すべて断ってしまっていた。

 いいなと思える人がいなかったわけではないけれど、一歩踏み出すことが億劫だった。私の恋愛に対する積極性はその程度だった。

 三十歳くらいになったときに後悔しそうだな、などと思う。

 というように、生きることがまあまあ下手くそな私が、名前すら知らない男の人に話しかけるなんて、世界がひっくり返ってもできないと思う。

 だから、あのとき話しかけられなかったのは仕方がない。そう言い聞かせてみたけれど、納得できない自分もいて……。

 つまり私は、世界をひっくり返してみたくもなっていた。



 幸運にも、その次の週の講義でも、彼は隣に座ってきた。

 高校までと違い、講義を受ける席は指定されていないけれど、学生はだいたい同じような場所に座る。野良猫の縄張りみたいだな、なんて、失礼なことを考えてしまう。

 私が同じ席に座っていると、彼も同じように隣に座ってきた。

 ペコリ、と頭を軽く下げて微笑む彼。私も同じように会釈する。

 胸が高鳴った。

 どうやら、私は彼に認識されたらしい。