半年で少し慣れたと思っていたけれど、九十分はやはり長い。
途中で要領よく小休止をはさみつつ、教授や講師の説明の中で大事なポイントを逃さずに聞き取る技術が必要になってくる。
環境科学を担当する教授は、板書が少ないタイプらしい。スライドを使って講義を進めていく。スピードは速いが、説明はわかりやすいため、理系の知識に乏しい私でもどうにか理解はできる。
講義が終わって、私はゆっくりと息を吐く。未知の用語や概念を長時間浴び続けて、知恵熱が出そうだった。
教授が教室から退出し、ざわざわと話し声が聞こえ出す。
隣の彼は、荷物を片付けて教室を出て行こうとしていた。
思わず何か言おうと口を開きかけたが、言葉は出てこなかった。
当たり前だ。何を言えばいい? 私はまだ、彼の名前も知らない。そもそも彼にとって私は、隣に座っていただけの初対面の女子だ。来年には二十歳になる自分のことを女子と言っていいのかはともかく。
けれど……来週の講義でも、今日みたいに彼が隣に座ってくるとは限らない。そもそも、来週も講義に出席するという保証すらない。
これが最後のチャンスなのかもしれない。
チャンスって、なんの? 彼にお近づきになるチャンス? お近づきになってどうする? 私は、彼とどうなりたいのだろう。
そんなことを考えている間に、彼の姿は見えなくなっていた。
「はぁ……」
私は小さくため息をついて、筆記用具を片付け始める。
いつもそうだ。私には決断力がない。
ものごとを慎重に考えられると言えば聞こえはいいが、それはつまり優柔不断なだけであって、しかも迷った末に下した決断を後悔することも少なくない。