私——片山美羽には、気になっている男の人がいる。
背は少し高めで、やせ型で、穏やかそうで優しそうだけど、どこか頼りなさを感じるような、どこにでもいそうな人だ。
メガネが似合いそうだけど、かけていない。寝ぐせなのか、セットしているのかわからないふわっとした髪型。
IT企業に勤めていそうな雰囲気を醸し出している。私の知り合いに、IT企業に勤めている人なんていないけど。
学部も学年も、名前すらも知らない。
初めて会ったのは、私が通う大学のキャンパス内だ。
一目ぼれというほどではなかった。すれ違ったとき、あ、素敵な雰囲気の人だな、なんかいいな、と思っただけだった。
小説などではよく、一目ぼれのことを『体に電撃が走った』なんて表現するけれど、私のそれは静電気くらいだった。
あ、素敵な雰囲気の人だな、なんかいいな。
中学のときの生徒会長にも、高校のときのクラスメイトにも、同じような印象を抱いていたことを思い出す。そのどちらも、恋には発展しなかったし、今では顔もちゃんと思い出せないけれど。
それからも、静電気の彼とは同じ場所で何度かすれ違った。おそらく、受講している講義の関係で、決まった時間帯にお互いにそこを通るのだろう。
運命でもなんでもない。ただの偶然だ。
向こうはこちらに気づいていない。私が勝手に意識しているだけだ。気づいてほしいとは思わないし、話しかけようとも思わない。今回も、私のこの気持ちは恋にならずに終わるのだろう。
というのが、大学一年生の私の前期の話。
長い夏休みを経て、彼の存在は私の頭の中から綺麗さっぱり消えていた。