グーッ……ボコッ……ボコボコボコ…………
 三種類の音が教室内に鳴り響いた。やがてしんと静まり返る。
 もう最悪だ──。
「私だよ」
 心護が何か言う前に自己申告した。『IBS』を発症してから今までに、一体何回このクソみたいな症状で絶望しただろうか。
「汚い音を聞かせてしまって本当にごめん……。これは私のお腹の音……腹鳴(ふくめい)。『IBS』の厄介な症状の一つなんだ……」
 おならの音みたいで恥ずかしいホント最悪、と嘆きながら左脇腹を強くつねった。自分のお腹が憎い。消えろ。消えてしまえ。
「鈴凰ちゃん、自分で自分を傷つけないで。つねるのは痛いからやめよう?」
「既に痛いから大丈夫だよ」
 早口かつ投げやりな口調で呟くと心護は「えっ?」と戸惑った声を上げた。
「痛い? 痛いってお(なか)が痛いの?」
「お腹が張って痛くて……吐き気も……」
「吐き気まで!?」
 意外と肝が座っているという”設定”の心護が今は目を白黒させてパニクっている。
「うん……。ちょっと気持ち悪い」
「大丈夫? そうだな……。とりあえずお手洗いに行こう」
 言いつつ心護が近づこうとしたその瞬間、私は両手を前に出して「ちょっとストップ!」と慌てて止めた。
「何で?」
「だっ、大丈夫だから!」
「本当に?」
「うん!!」
 私が逃げるように三歩後ずさると心護は近づくのをやめた。
「今すぐ吐くことは多分ないし! ちょっと息苦しいだけだからっ」
「そっか、息苦しいんだね……。早く治まって欲しいね」
 心護の言葉に私はこくこくと頷く。
「お腹はどこらへんがどんな感じで痛むの?」
「うーんと……、左の脇腹が捻られるように痛いかなぁ」
「捻られるように? そんなに痛いのか……。(つら)いね。──そうだ! マッサージ! マッサージしよう! 掌で、”の”の字をかくようにお腹を優しく撫でてみて」
 心護の母親のような慈しみに満ちた声が心地良くて安心して、私は自分のお腹をゆっくりマッサージし始めた。