貴方は報われますように

 ヤバいのはお前の(にお)いに決まってるだろ!
 マジで吐き気するほどくせーんだよッ!!

 柴田くんからぶつけられた二つの言葉を頭の中で何度も何度も反芻してしまう。
「無視してんじゃねーよ!」
 柴田くんが荒々しく怒鳴りながら教室のドアを思い切り蹴った。多分、教室だけではなく廊下まで響き渡っただろうガンッという音に私はビクッと肩を震わせて目を強く瞑った。
 無視してない。無視してないんだよ、柴田くん。何て返せばいいのか分からなくて黙り込むしかなくて。ねぇ、何て返すのが正解? 何て返せば柴田くんは満足する? 何て返したらこの地獄の時間は終わる? どんだけ考えたって私には分かんないよ……。
「聞こえてんだろ!?」
 怒鳴るけど決して私に近づこうとはしない。その理由を考えてすぐに、近づけば私の(にお)いを嗅いでしまうから距離を取っているんだなと悟った。
 柴田くんは教室後ろのドア前の廊下、私は教室のドア付近に立っていて、柴田くんと私の距離は約一メールだ。
 精神的にも物理的にも縮まらない距離に絶望する。
 何でだろう。何でこんなことになったんだろ。柴田くんにだけは気づかれたくなかったし嫌われたくなかったのに。……好きだから。
 ごめん。迷惑かけて、不快な気持ちにさせて本当にごめんなさい。
 必死に涙を堪える私を置いてけぼりにして、柴田くんは憎々しげに舌打ちをしてその場から立ち去ってしまった。
 立ち去る前に自分に向けられた柴田くんのあの目だけは、この先どんなに楽しいことが起きても生涯忘れることはないと確信していた。下品な女、汚い奴、気持ち悪い、許せないなどの様々な言葉が書いてある、同じ歳の相手に向けるものではない見下した瞳は。
「──やあ、鈴凰ちゃん」
 瞬間移動したかのように私の目の前に突然現れたのは、前髪は少し長めだけど耳周りや襟足はすっきりとカットされている、マッシュショートヘアの男子生徒だ。男子生徒── (しん)()は登場した時に軽く上げていた左手を下ろした。
 見ただけで癒されるような柔和な笑顔を浮かべながらこちらを見詰める心護を私は静かに見詰め返す。
「……心護」
「ごめんね……。今の会話、全部盗み聞きしちゃった」
 言いつつ心護は舌をぺろっと出した。そのあざとい仕草に腹が立たないのは、目鼻立ちが整いすぎている所謂イケメンだからだろうか。それとも、実は全然あざとくないことを知っているからだろうか。
「別にいいよ」
 心護がきて、柴田くんと話していた間ずっと強張っていた肩の力を抜きながら私は苦笑した。
「ありがとう。やっぱり、鈴凰ちゃんって超優しいね!!」
 ただでさえ美しい瞳をさらにキラキラと輝かせる心護が眩しくて、優しいと言われたことが照れくさくて、ショートカットの髪を弄りながら返す。
「……私は全然優しくないよ」
 白樺(しらかば)心護は苗字に相応しい、透明感のある白い肌を持っている。ずるい、と嫉妬してしまうほど本当に美しい肌だ。
「ねぇ」
「なに?」
「……ごめんね。槙一が酷いことを言って」
 留守中に悪戯をしたことが飼い主にばれて反省する子犬のように心護はしょんぼりと俯く。下を向くと睫毛が長いのがよく分かる。
「どうして心護が謝るの?」
「いや、だって……槙一はもう部活に行っちゃっただろうし、槙一の代わりに親友の俺が謝るのは当たり前だよ。……鈴凰ちゃんは槙一の言葉で絶対傷ついたよね?」
 心護が『親友』と明言した通り、心護は柴田くんの親友という”設定”だ。
「……うん」
 私は若干躊躇した後に小さく頷いた。心護は廊下から私のいる教室の方に一歩近づいて真剣な顔で口を開く。
「深く傷つくとトラウマになる可能性が高い。……それに、トラウマを思い出した瞬間って、心が軋んで(つら)くて苦しくて、壁やクッションを殴らないと気が済まないくらいイライラする。でも、今さら過去は変えられないし(つら)い記憶を消去する術もないから涙が出るほど虚しくなる。しかも、周りの人はこちらが打ち明けない限りトラウマで悩んでることに気づかないし、例え打ち明けたとしても理解してくれない場合もある。……そうすると結局、トラウマが原因で溢れ出た感情は全て独りで処理するしかなくなる。
 俺と同じような思いを鈴凰ちゃんには絶対にして欲しくないから、今日の出来事はトラウマになんて絶対させないから──」
 安心して、と心護は胸をドンッと叩いてニカッと笑う。
「……ありがとう」
 私は心護に感謝しながら無理矢理口角を上げてにこりと微笑んだ。心護はハッと気づいたように目尻が優しげに下がった大きな瞳をさらに大きくして、やがて申し訳なさそうな顔で「ごめん」と謝る。
「あのさ……。もしかして俺、余計なこと言っちゃった?」
 ううん、と私はかぶりを振る。
「心護は何も悪くないよ。……後、柴田くんも悪くない。全部私が悪い。……私が(くさ)いのが悪いから」
「えっ!? ……(くさ)いって? 鈴凰ちゃんが?」
 心護が信じられないといった面持ちで見てきたから咄嗟に目を伏せて逃げた。そんな顔で見られると心が痛い。
「私が(くさ)いのは紛れもない事実だよ。でも体臭とかじゃなくて……、ある病気が原因なの」
 私は蚊の鳴くような声で伝えた。
「……ある病気って?」
 心配そうに眉をひそめながら心護が訊き返す。
「正直話したくないけど……、ただの(くさ)い奴って思われるのはもっと嫌だからちゃんと話すね」
「ありがとう」
 心護は温かな眼差しをこちらに向ける。凍りついた私の心が徐々に溶けていく気がした。
「話してくれるんだね。正直混乱中だからとても助かるよ。でも鈴凰ちゃんが話せる範囲で大丈夫だよ。(つら)くなったらすぐに話すのをやめていいから」
 心護にそう言われた瞬間、思わずくしゃっと顔を歪めた。やばい。これは心護の言葉じゃなくて自分の言葉だと充分理解しているはずなのに泣きそう。多分、もう、限界なんだ。
 押し寄せてきた涙の波に耐えながら静かに深呼吸して覚悟を決めた。
「私ね、()(びん)(せい)(ちょう)症候群(しょうこうぐん)っていう病気を患ってるんだ」
「めちゃくちゃ長いねー」
 病名を聞いた心護は爽やかな笑顔でさらっとそう呟いたけど、
「え゙っ……!?」
 私が変な声を上げると慌てて付け足した。
「あっ、ただの感想だしそんなに落ち込まないでっ」
「別に落ち込んでないよ。確かに長いと思うし……」
「鈴凰ちゃん」
「何?」
「長くても問題ナッシング!!」
 大きな声でそう言った心護の口元には百点を取って「なぁ、俺って凄いだろ?」と周りの人に自慢する男子小学生みたいな無邪気な笑顔が浮かんでいる。
「心護くんは正確に記憶しました」
 なぜか敬語で言いつつ心護は自分の頭を人差し指でとんとんと軽く叩く。それから黒ズボンの右ポケットからシルバーのスマートフォンを取り出して、
「……かびん……せい……ちょう……しょうこうぐん……っと。よし!」
 細くて長い綺麗な左手人差し指をしゅっしゅっと素早く動かし始めた。
「へぇ、なるほど。そう書くのか……。”過敏に反応する”の過敏なんだ」
「……ねぇ、心護。何してるの?」
「何って、ネットで検索したんだよ」
「えっ、検索したの!?」
 目を丸くして驚く私に心護はアーチ型の綺麗な眉を下げつつ言った。
「俺がアレコレ調べるの嫌だった? ごめんね、勝手なことしちゃって」
「ち、違うよっ」
 間髪入れず私は上ずった声で否定する。
「『過敏性腸症候群』はまだ認知度が低い病気だから心護が調べようと思ってくれたことがスッゴく嬉しくて!」
「あっ、なんだ! そーゆうことかぁ……。鈴凰ちゃんがスッゴく嬉しいならよかった」
 心護はホッとしたように笑ったが、すぐに口元をきゅっと引き締める。
「俺は出来る限り詳しく調べる。だけど、ネットの情報は多いうえにアバウトだし、誤った情報が含まれている場合もあるから、正しく理解するのは容易じゃない。俺は誤った知識で鈴凰ちゃんを傷つけたくない。だから鈴凰ちゃんに直接教えてもらいたいんだ。……まず、『過敏性腸症候群』がどういう病気なのか詳しく教えてもらいたいんだけど──」
 いいかな、と尋ねた心護の声は震えていて、つい緊張して唾が出てくる。放っておいたらどんどん口の中に溜まってきた。
 唾液だけじゃなくて空気も一緒に飲み込んでしまうから本当は飲み込みたくなかったけど、仕方なく飲み込む。
「『過敏性腸症候群』は大腸に異常が見つからないにも関わらず、お腹の調子が悪い事が数ヵ月以上も続いてしまう病気だよ」
 我ながらスラスラと説明できた。他人に説明する時に困らないように何度も調べたから当然だとは思うけど。
「後、『過敏性腸症候群』は『I(アイ)B(ビー)S(エス)』っていう略称があるの。こっちの方が言いやすいし覚えやすいかなぁって」
「うん、そうだね。なんか略称の方がカッコイイ♪」
「かっ、かっこいいかなぁ……? じゃあ、これからは『IBS』って言うね」
「了解!」
「……あのさ、お腹の調子がずっと悪いの?』
 心護にためらいがちにそう訊かれて若干間を置いて「うん」と頷く。
「悪いよ。一昨年……中三の秋頃から今までずっと」
「それは……、(つら)いね」
 心護は私より(つら)そうな表情で相槌を打った。私はこくりと頷いて説明を再開した。
「『IBS』はある四つの型に分けられる。便秘型、下痢型、混合型、そして分類不能型。でも私は……、その他のガス型で……」
 私の言葉がピタリと止まったのを怪訝に思ったのだろう、心護は私の顔を心配そうに窺ってきた。
「ガス型って?」
 やがて優しめのトーンで続きを促す。私は言おうか言うまいか迷って何度か口をパクパクと開閉した後に、言おうと決断した。
「ガス型はお腹の中にガスが溜まってお腹が張って痛くなったり…………、ガス漏れの症状に苦しんだり……。『IBS』の中で最も治りにくい型と言われてて。……ガス漏れっていうのは…………、無意識の内にガスが漏れてしまう症状の事でね……」
 滴り落ちる雨の雫のようにポツポツと喋ったけど、途中で(つら)くなって唇をきつく結んで説明を中断した。心護は続きを促さずに私の説明をメモした携帯の画面を考え込むような表情でじっと見詰めている。
 沈黙に耐えきれず、「私が」と小さく口を開けて声を発した。窓の外から聞こえる控えめな秋風の音でかき消されてしまうくらい弱っちい声を。
「……(くさ)いのはこのガス漏れが原因なの。ごめん。こんな汚い話……、聞きたくないよね」
 私は俯いてすぐに自分の腕に右手の親指の爪を立てた。一個……二個……三個……。左腕の手首に紅色の三日月が刻まれていく。こうやって自傷して堪えないとどす黒い感情が溢れ出してしまいそうなんだ。
 心護は絶対気づいていたのに自傷行為を止めずに「汚い話じゃないよ」と断言した。
「でも。鈴凰ちゃん、今、凄く(つら)そうな顔してる。もうこの話はやめようか?」
 心護が出した提案に私は無言で頷いた。このまま『IBS』の話を続けるのは(つら)い。
 数秒後に心護は私にふわりと微笑みかけた。
「鈴凰ちゃんが話してくれたことは全部メモった。帰ったら必ず調べるよ。話しづらいことを話してくれて本当にありがとう」
「ううん。こちらこそ、真剣に聞いてくれてありがとう」
 私は上目遣いで心護を見上げた。心護の身長は175㎝で154㎝の私を見下ろしているのに威圧感がない。柴田くんが私に向けた軽蔑の眼差しとは全然違って、一目見ただけで優しい人だと分かる灯火のように温かい眼差しで私を見詰め返している。
「もう、心護は……」
「ん?」
「私のこと、嫌いになったよね?」
「……え?」
 心護は不思議そうに首を傾げた。
「嫌いになってないよ」
「嘘だ」
「嘘じゃないよ」
「嘘だ! おならって言うのが嫌で、ガスって言ったけど、私は人前でおならするような汚い人間なんだよ!? そんな私を嫌いにならないハズがない!!」
「何言ってんの? 鈴凰ちゃんは汚い人間じゃないよ」
 私は何にも分かってないと顔を顰めながら「ううん汚い人間だよ」と首を激しく横に振った。
「ううん、汚い人間じゃないよ。だって、したくなくても勝手にガスが漏れてしまうんだよね? だったら鈴凰ちゃんのせいじゃなくて『IBS』のせいだよ」
「でも……。みんな我慢してるのに我慢できずにしてしまう下品な私はやっぱり汚い人間でしかない」
 私は涙ぐみながら何とかそう返して自分の短い髪を両耳に雑にかけた。
「下品じゃないよ。ただの生理現象だ。誰だってすんのにした人に対して冷ややかな目を向けるのはおかしい。……我慢すんのが当然だって主張する人たちの方がマジで狂ってるし生きづらくしてると思う。
 そもそも俺は、他人を平気で傷つけるような人たちを汚い人間だと思ってる。だから鈴凰ちゃんは汚い人間じゃない。鈴凰ちゃんは人を傷つけるタイプには見えないから」
 私は目をぎゅっと瞑る。
「そういう風に言えるのは……、心護がまだ私の後ろの席に座ったことがないからだよ。どんなに優しい人でも私が(くさ)いことに気づいた途端に冷たくなる」
「鈴凰ちゃん──、」
 心護が何かを言いかけたその時だ。
 グーッ……ボコッ……ボコボコボコ…………
 三種類の音が教室内に鳴り響いた。やがてしんと静まり返る。
 もう最悪だ──。
「私だよ」
 心護が何か言う前に自己申告した。『IBS』を発症してから今までに、一体何回このクソみたいな症状で絶望しただろうか。
「汚い音を聞かせてしまって本当にごめん……。これは私のお腹の音……腹鳴(ふくめい)。『IBS』の厄介な症状の一つなんだ……」
 おならの音みたいで恥ずかしいホント最悪、と嘆きながら左脇腹を強くつねった。自分のお腹が憎い。消えろ。消えてしまえ。
「鈴凰ちゃん、自分で自分を傷つけないで。つねるのは痛いからやめよう?」
「既に痛いから大丈夫だよ」
 早口かつ投げやりな口調で呟くと心護は「えっ?」と戸惑った声を上げた。
「痛い? 痛いってお(なか)が痛いの?」
「お腹が張って痛くて……吐き気も……」
「吐き気まで!?」
 意外と肝が座っているという”設定”の心護が今は目を白黒させてパニクっている。
「うん……。ちょっと気持ち悪い」
「大丈夫? そうだな……。とりあえずお手洗いに行こう」
 言いつつ心護が近づこうとしたその瞬間、私は両手を前に出して「ちょっとストップ!」と慌てて止めた。
「何で?」
「だっ、大丈夫だから!」
「本当に?」
「うん!!」
 私が逃げるように三歩後ずさると心護は近づくのをやめた。
「今すぐ吐くことは多分ないし! ちょっと息苦しいだけだからっ」
「そっか、息苦しいんだね……。早く治まって欲しいね」
 心護の言葉に私はこくこくと頷く。
「お腹はどこらへんがどんな感じで痛むの?」
「うーんと……、左の脇腹が捻られるように痛いかなぁ」
「捻られるように? そんなに痛いのか……。(つら)いね。──そうだ! マッサージ! マッサージしよう! 掌で、”の”の字をかくようにお腹を優しく撫でてみて」
 心護の母親のような慈しみに満ちた声が心地良くて安心して、私は自分のお腹をゆっくりマッサージし始めた。
 きっとすぐよくなる。大丈夫。大丈夫だからね。
 私がマッサージをしている間ずっと、心護は何度も温かい言葉で励ましてくれた。
「ねぇ、鈴凰ちゃんのお腹さん」
 唐突に話しかける対象が私から私のお腹に変わり、ビックリして思わずお腹から心護に視線を移した。一方、心護は私のお腹をひどく真剣な顔で見据えていた。
「鈴凰ちゃんを苦しめないで。鈴凰ちゃんにこれ以上(つら)い思いをさせないでね。どうかお願いします」
 心護は両手を祈るように組みながらそう言い、さらに「痛いの痛いの飛んでけ!」とよく聞くフレーズを口にした。
「……今の。何?」
「おまじないだよ♪」
「おまじない?」
「うん! 俺が小三の頃にね、お母さんが今みたいにおまじないを唱えてくれたんだ。そしたら不思議と痛みが和らいで心がじわぁーとあったかくなった」
 小三の頃におまじないを唱えてくれたお母さんというのは、白樺心護の母親ではなく私の母親だ。黙り込んだ私に心護が「ごめん」と謝罪した。
「こんなの気休めにしかならないよね」
「ううん。そうじゃなくて心護は私の体調を心配してくれるんだね……??」
 語尾が不自然に上がる。瞼が熱くなってきた。やばい泣きそう。
「そんなの当たり前だよ」
「当たり前じゃない! ……心護はおかしいよ」
 ついに我慢できずに涙がボロボロと零れ落ちて頬を伝う。
「お、おかしい……?」
 心護が困惑している。
「だって! こんな風に私に優しく接してくれる人なんて一人もいなかったッ!!」
 私はみっともなく叫んだ。
 口に出すと余計に悲しくなるし、転んでできた深めのすり傷を信頼していた友達に黄色いハサミでグリグリと抉られているかのように、心が痛くて痛くて壊れてしまいそうだった。いっそのこと、壊れて何も感じなくなればいいと思った。とっくの昔に楽しいや嬉しいという感情は麻痺して感じにくくなっている。もうどうなったっていい。

『くっさ……!』・『なんか焦げ(くさ)い……』『下水道の(にお)いがする』・『誰かうんこ漏らした?』・『なんか、ここだけ便所の(にお)いしない?』・『硫黄の(にお)いがする』・『〇〇(私の後ろの席に座っていた女子生徒の苗字)さんが可哀想!』・『出席番号順って残酷だよね……。(恐らく、「出席番号順で並びなさい」と先生に指示された時に私の後ろに座らなければいけないため)』

 これらは全て、私のクラスメイトが授業中や休み時間、試験中などに口にした言葉だ。直接的に言われたことはない。だけど、私の顔をチラチラ見ながら言うから私に向けての言葉だと分かりたくなくても分かった。
 クラスメイトから頻繁にされる行動は鼻すすりや咳払い、ため息、舌打ち、スゥーと息を吐く、で、時々されるのは机を徐々に離したり、後ろから椅子を蹴ったり、教室の窓を全開にしたりする行為だ。私の後ろに立ってわざわざ(にお)いを嗅ぐこともあった。
 今日の四時間目には、私の後ろの席に座っている男子生徒が両手を使っておならのような音を鳴らす「手おなら」をした。
「みんなは悪くない……。私が(くさ)いのが悪い……。私が悪いから責められないし言い返せない……っ」
 私は涙を零しながら「みんなは悪くない」という言葉を必死に繰り返した。それだけは誤解して欲しくない。(くさ)い私が悪い。私に対するみんなの反応や言動は異常じゃなくて正常だ。異常なのは私だ。私の身体(お腹)だ。
「みんなが悪くないんだったら鈴凰ちゃんも悪くない」