瞬間移動したかのように私の目の前に突然現れたのは、前髪は少し長めだけど耳周りや襟足はすっきりとカットされている、マッシュショートヘアの男子生徒だ。男子生徒── (しん)()は登場した時に軽く上げていた左手を下ろした。
 見ただけで癒されるような柔和な笑顔を浮かべながらこちらを見詰める心護を私は静かに見詰め返す。
「……心護」
「ごめんね……。今の会話、全部盗み聞きしちゃった」
 言いつつ心護は舌をぺろっと出した。そのあざとい仕草に腹が立たないのは、目鼻立ちが整いすぎている所謂イケメンだからだろうか。それとも、実は全然あざとくないことを知っているからだろうか。
「別にいいよ」
 心護がきて、柴田くんと話していた間ずっと強張っていた肩の力を抜きながら私は苦笑した。
「ありがとう。やっぱり、鈴凰ちゃんって超優しいね!!」
 ただでさえ美しい瞳をさらにキラキラと輝かせる心護が眩しくて、優しいと言われたことが照れくさくて、ショートカットの髪を弄りながら返す。
「……私は全然優しくないよ」
 白樺(しらかば)心護は苗字に相応しい、透明感のある白い肌を持っている。ずるい、と嫉妬してしまうほど本当に美しい肌だ。
「ねぇ」
「なに?」
「……ごめんね。槙一が酷いことを言って」
 留守中に悪戯をしたことが飼い主にばれて反省する子犬のように心護はしょんぼりと俯く。下を向くと睫毛が長いのがよく分かる。
「どうして心護が謝るの?」
「いや、だって……槙一はもう部活に行っちゃっただろうし、槙一の代わりに親友の俺が謝るのは当たり前だよ。……鈴凰ちゃんは槙一の言葉で絶対傷ついたよね?」
 心護が『親友』と明言した通り、心護は柴田くんの親友という”設定”だ。
「……うん」
 私は若干躊躇した後に小さく頷いた。心護は廊下から私のいる教室の方に一歩近づいて真剣な顔で口を開く。
「深く傷つくとトラウマになる可能性が高い。……それに、トラウマを思い出した瞬間って、心が軋んで(つら)くて苦しくて、壁やクッションを殴らないと気が済まないくらいイライラする。でも、今さら過去は変えられないし(つら)い記憶を消去する術もないから涙が出るほど虚しくなる。しかも、周りの人はこちらが打ち明けない限りトラウマで悩んでることに気づかないし、例え打ち明けたとしても理解してくれない場合もある。……そうすると結局、トラウマが原因で溢れ出た感情は全て独りで処理するしかなくなる。
 俺と同じような思いを鈴凰ちゃんには絶対にして欲しくないから、今日の出来事はトラウマになんて絶対させないから──」
 安心して、と心護は胸をドンッと叩いてニカッと笑う。