心護が必死さに満ちた声音で言った。
「何で……?」
「俺は鈴凰ちゃんともっともっと沢山お喋りしたいから……。楽しい思い出を数え切れないくらい作りたいから……。喪った後でバカみたいに後悔したくないから」
 心護は涙声でそう答える。いつの間にかもらい泣きしていて、今は暖かみのあるブラウン(瞳の色)より赤色(血管)の方が存在感がある。
「……どうして心護まで泣いてるの?」
「だってさ……、散々心ない言葉ぶっ刺されたうえに酷いことされてる……。俺だったら絶対に耐えられない。なのに鈴凰ちゃんは凄いよ……っ」
 心護は手の甲で乱暴に涙を拭う。
「凄くない!」
「ううん、凄いよ……。今までよく頑張ったね」
 言いつつ心護がまた私に近寄ろうとしたので慌てて二歩後ずさった。でも、心護は今度は近づくのをやめずにさらに近づいてきて、教室内に足を踏み入れた。柴田くんはずっと廊下にいて入ろうともしなかったのに。
 心護は私の固く握りしめた右手をそっと手に取って、
「安心して。俺は鈴凰ちゃんの味方だ」
 自分の両手で包み込んだ。包み込まれた感触がなくて心護の手が温かくも冷たくもないのは、まあ、当然と言えば当然だけど虚しくなる。ほんの少しだけでも温もりを感じたかった。
「ねぇ。俺が鈴凰ちゃんに近づけば、(にお)いに気づいて鈴凰ちゃんのことを嫌いになると思ってる?」
 心護に静かな口調で質問されて私はこくりと頷く。
「嫌いになるわけない。もし仮に(くさ)いと思っても嫌わないよ」
 私は左手で心護の両手を引き剥がした。
「『味方だ』とか『臭いと思っても嫌わない』とか偽りの言葉なんか要らない!! お母さんには『もうやめて聞きたくない。私は医者じゃないから治せない』って言われたし、親友には『悲劇のヒロインぶってんじゃねーよ。(つら)いのはお前だけじゃない』って言われた。昨日まで仲の良かった友達は今日は私と目が合っただけで嫌そうな顔をした。だからもう、誰も信じられないし信じたくないの。……心護は優しい言葉をかけておいて後で地獄の底に突き落とすつもりなんでしょ?」
「じっ……、地獄の底に突き落とす……」