「……いや……そういうわけではないけど……」


 松尾のその言葉と口調に困る、私。

 私は、それ以上何も言えない。


 私が何も言えなくて困っていると。


「じゃあ、一緒に帰ろ」


 そう言って、少しだけ微笑む松尾。

 …………。

 ……松尾。

 松尾にそんな微笑みを見せられると……。


 ……って。

 そうだ。

 松尾の微笑みを見ていたら急に思い出した。
 あのことを。

 ……空耳……じゃなかった……よね……?
 さっきの、あれは……。

 もし。
 もし空耳じゃなければ、なんで松尾は……あんなこと……。

 …………。

 ……訊いてみよかな……松尾に……。

 うん、訊いてみよう。


「……あの……」


 と、思ったから訊こうとするのに……。


「どうしたの? 遥稀」


 なんか……なんか……。


「……あの……さ……」


 ものすごく訊きづらい……。


「うん?」


 訊きづらいけれど……。


「あのさ……なんで……なの……?」


 でも、やっぱり訊かずにはいられない……。


「『なんで』って何が?」


 松尾が、なんで……。


「なんで……『遥稀』……なの……?」


 私のことをそう呼んだのか……。