「兄上、私は死にます」
「すまないな」

 兄は優しく私の頭を撫でた。
 すまないな。
 その一言だけで全てが伝わっていることがわかった。
 毎夜兄は明け方近くに私の室を訪れる。そのころには夜番の下働き以外はみな眠りについている。夜半に男が室に忍ぶというのは本来あってはならないことだけど、そうはいっても兄は実の兄で宦官だ。私が病という理由もあり、咎められることはなかった。

「兄上、私はしばらく顔を見せないまま帝に会おうと思います。顔を見せぬままであれば美しい私がずっと帝の心に残るでしょう。私の死とともに」
「そうだね、それであれば体も見せぬほうがよい。よい布を用意しよう」
「ありがとうございます」
「それから美しい絵を沢山かかせようね。その美しさがずっと心に残るように」
「私は美しかったのでしょうか。兄上より」
「妹よ、そなたは誰よりも美しい。そうでなければならなかった。でもお前はもうただの妹だ。ゆるやかに余生を過ごせばよいとも思うのだが」
「いいえ、私は兄上とともに。ともに家族を幸せにいたしましょう」
「そうか」

 そうか。妹よ。それほど覚悟してくれていたのか。
 不甲斐ない兄ですまないな。

「劉髆のことだけがが心配です。まだ幼いのに」
「お前が死んだ後に帝に劉髆を諸侯に封じて頂けるよう進言しよう。帝は最近ますます不安定であらせられる。長安からは離れたほうがよいとの進言にはご納得頂けるように思う」
「私の死が劉髆の役に立つのですね」

 妹はゆるりと微笑んだ。
 そうだ。まずはお前の子だ。妹よ。
 俺はお前の子を李家の呪縛から解き放つ。お前の死を契機にして。
 喜べ妹よ。
 劉髆が、お前の子がきちんとした身分を得て生きていくことができるように。体を売ることもなく末永く過ごしていけるように。俺はそれを成し遂げる。
 そう言うと妹はさらに微笑んだ。

「劉髆も広利兄さんも幸せでありますように。兄上も」
「代わりに帝とどのような話をしたのか教えておくれ。特に神仙のことを。続きは俺が引き受ける。劉髆は俺が必ず守る。約束する」

 兄は優しくそう微笑んだ。
 それから帝は私の室に何度か訪れ、その度に兄は帝を止めた。
 私はすっかり元気になった。けれども肌はちっともよくはならず、ますますただれて妙な汁を吹き出すようになった。頻繁に包帯をかえて清潔に保ち続けなければ膿の匂いが室を漂う。

「兄上、そろそろお別れです」
「そうだね、いい阿片を手に入れた。苦しまずに逝けるだろう」
「ありがとうございます。帝と広利兄さんに手紙を書きました」
「俺が必ず届ける。約束する。妹よ。俺は君も幸せにしたかった」

 兄上は私が眠りにつくまでずっと側にいて、手袋越しに包帯で包まれた手を握ってくれた。
 兄上、不甲斐なくて申し訳ありません。
 私は先に参ります。
 どうかこの先、兄上に不幸が訪れませんよう。
 そして兄上が念願を果たして李家の呪縛を説いてくださりますことを。
 さようなら、大好きな兄上。
 それから劉髆、元気で。