何故李に会えぬのだ。朕に叶えられぬ望みなど何もないはずなのに。
 李よ。何故会えぬ。今日こそは何としても会う。

 李、そなたほど野の花のような荒々しい美しさを持つ女は見たことがない。
 衛も舞芸は美しく、後宮のお高く止まった女どもとは違う子供のような純粋さがあった。だがあれはどこか後宮の匂いがした。もともと姉上の婢で長安で生まれ育ったからだろう。どこか奇麗にまとまって訓練された美しさがあった。
 変わった貴妃もこの後宮には多くいた。西方から集めた貴妃には野趣あふれる者や珍しい姿形の者も多くいた。けれどもやはり中華のものとは相容れぬのだ。

 そこで李だ。(すもも)の華のような艶やかさと美しさ。そして北方生まれの玉のように白く吸い付くような肌と鈴のような美しい声。それに野の花のように逞しくありつつも都会の洗練さを兼ね備える趣き。同じようなものは延年くらいだ。だが延年と李では少し違う。
 延年は延年で何か妙に透き通った美しさがあり、従順なのに何か朕にも明かさぬ謎めいた部分がある。李は謎めいていつつも何か妙に暖かかった。女というものはこういうものなのだろうか。

 後宮は冷たい。8000人からの女がいても見ているのは朕の子種だけだ。ここはそういう場所でそれが貴妃の仕事だ。だから貴妃は自らを美しく飾り、それ以外の部分は隠す。意見なぞ言わぬ。どこかで聞かれれば悪いように使われてしまうからな。けれども李は隠さなかった。朕が許せば朕と異なる意見すら述べ、時には戯れた。
 それから李は同志だった。朕が信じる神仙の話を喜んで聞き、頷き、そして朕が聞いたことがないような、旅先だからこそ知り得る各地の神仙の話を語ってくれたのだ。他の貴妃に話してもこうはいかぬ。表面はにこやかに繕いながらもその目からは興味がないことは明らかだった。李のように朕の話を聞いて頷いたりはせぬ。

 もう5日も李に会うてない。
 延年は病が酷いと聞いていたが、ならば余計見舞いにいかねばならぬ。だから強引に室に入った。

 ところが李は全身を包帯で巻いた上で袖と首の長い服ですっかり体を覆い隠し、顔も枕で強く隠していた。これではあの白く輝く肌すら見る事も叶わぬ。あの白魚のような美しい指先すらも包帯で覆われている。

「李や、朕にその顔を見せておくれ」
「何卒ご勘弁下さい、後生です、どうか、何卒」
「ならぬ、顔を見せよ」
「恐れながら申し上げます」

 傍に控える延年が奏上する。

「李夫人は未だ病に蝕まれております。帝に病が感染るやもしれませぬ。お控え下さいませ」
「ならぬ。これほど元気ではないか」
「妹だからこそわかるのです。妹は帝に病を感染さぬよう全身を布で巻き、その息が帝を害さぬよう隠しております」
「主様。ふがいなく、申し訳ございません」

 朕のためだと言う。そこまで言われてしまうと、何も言えぬ。朕は引き下がるしかなかった。
 朕が引き下がるなど本来あってはならぬこと。けれどもこの李がそこまで言うのであればそのようにしよう。

「わかった。早く回復せよ」

 だが会えぬとなるとますます李のことが気にかかる。このようなことは初めてだ。後宮の女どもに来訪を拒否されたことなど一度もない。ありえぬ。
 良薬仙薬を李に送るよう申し付ける。早く良くなるように。
 李よ。
 足下に延年が侍っている。李によくにた男。延年を見るたびに李への想いが募る。