「ありがとう、瑛琉。あなたはいったい、何者なの……?」
「名乗るのが遅れたな。俺の正体は、嵐陵国の第三皇子だ。宮廷では、青龍皇子と呼ばれている」
 驚愕の事実を告げられ、華は瞠目した。
 良家の子息だろうとは思っていたが、まさか皇子様だったなんて。
 なぜ禁城に住んでいる皇子様が従者も連れずに、饅頭を買っていくのだろうか。しかも彼は町娘である華を花嫁に迎えようとしている。わけがわからない。
 目眩を覚えている華の肩をしっかりと抱いた瑛琉は、呆けている李親子に険しい目を向けた。
「青龍皇子の名において命ずる。法外な地代を要求した罰として、この一帯の土地所有権を李から剥奪する。今後、この区域の商店は嵐陵国の直轄地区として、適切な管理を行っていこう」
 瑛琉の宣言に、見物人たちから喝采が湧く。みんな李の悪行に困っていた人たちだ。
 李親子は慌てて追い縋った。
「そ、そんなぁ! わしはなにもしておりません、皇子様!」
「そうよ、瑛琉……じゃなくて、皇子様。どうしてそんな貧乏な娘を花嫁に迎えるの⁉」
 わめく李親子を役人たちが馬車から引き剥がし、連行していった。
 近隣の商店の人々は横暴な李の支配から逃れることができたのだ。華は安堵の息をこぼす。
 ということは、この花嫁行列は李をこらしめるための演出なのだろうか。
 ふたりを乗せた馬車は楽の音色を響かせながら道を練り歩き、街をあとにした。
「あの……瑛琉、この行列はどこへ行くの?」
「もちろん、禁城だ。まずは皇帝へ謁見して、華が嵐妃だという承認を得よう」
 大真面目に語る瑛琉は華の肩を抱いて離さない。どうやらこれは演出などではないようだった。
 嵐妃とは、皇帝をしのぐ権力を持つと謳われる伝説の妃の名だ。
 だが詳しいことを華は知らない。
「私が伝説の嵐妃のわけないじゃない。瑛琉が青龍皇子だということには驚いたけれど、私はただの町娘なのよ。あなたとは結婚できないわ」
「俺と結婚してもらう。……だが、それには順を追って説明する必要があるな。まずは婆様の正体だが、彼女は先代の嵐妃付きの宮女だった」
「……えっ⁉ 婆様が、宮女?」
 華は目を見開いた。
 もちろん婆様からは、そのような話を聞いたことはない。後宮の妃に仕える宮女といえば、裕福な家の子女しかなれない役職である。貧乏な現在の暮らしからは、婆様にそのような過去があったとは想像すらできなかった。
 頷いた瑛琉は神妙な面持ちで語りだした。
「その昔、先代の嵐妃は赤い痣のある女の子を産んだ。体の一部分に赤い痣があるのは、嵐妃の証だからな。次期嵐妃と目されていたその娘は、園の奥に隠されて育てられていた。だが数年前に嵐妃が亡くなったとき、すでに娘はいなかったんだ。失踪したひとりの宮女が、赤子か幼少だった娘を連れ去ったとして、捜索していた」
 どきどきと、華の鼓動が緊張に昂ぶる。
 確かに、華の腰のところには花びらのような赤い痣があった。
 それが嵐妃の証だというのだろうか。
 ――顔も知らない私のお母さんが、先代の嵐妃だというの……?
 瑛琉は言葉を綴る。
「そうして俺は一年ほど前に、ようやく婆様と華を見つけたんだ。ふたりの年齢や、街にやってきて饅頭屋を始めた記録、華の体に痣があるという話からも合致する。おまえが、失踪した先代の嵐妃の娘であることは疑いようがない」
 急にそんなことを言われても、受け止められない。それよりも瑛琉の話によると、婆様はまるで人さらいのようである。
「婆様が、赤子の私を連れ去ったということなの……? 私は物心ついたときから婆様と暮らしているから、お母さんのことはなにも知らないわ。でも婆様は悪人じゃない。私を懸命に育ててくれたのよ」
「なんらかの事情があったんだろう。嵐妃の娘は父親がわかっていないため、下男の子とも、神の子とも噂されている。おそらくはその辺りのことが失踪と関係しているのではないかと、俺は思う。婆様の容態が回復したら、ぜひ話を聞いてみたい」
 ゆっくりと華は頷いた。
 瑛琉からもたらされた華の出自は衝撃的なものだったが、もし両親のことを知る機会があるのなら、勇気を持って確かめたい。