翌日の放課後、凛花の指示通り平良は臼田家を探していた。
 ほとんど出歩かない平良は知らなかったが、凛花から手渡された住所は自宅前の大通りを挟んだ反対側のエリアだった。
 つまり、徒歩で10分圏内に臼田家は存在することになる。

 片側3車線の大通りを渡り、電柱に設置された地番を頼りに平良は進んで行く。

 3、4、5・・・手にしている紙に視線を落とす。目指す地番はもう目の前だ。

 旧市内と呼ばれるこのエリアは再開発されることもなく、第二次世界大戦直後から街並みはほとんど変わっていない。瓦屋根の住宅が立ち並ぶ狭い路地、その奥に目指す番地はあった。このエリアでは比較的広い土地に、まだ新しい一軒家と並んで瓦屋根の古い家が建っている。おそらく、このエリアに不似合いな新しい住宅が長男夫婦の家なのだろう。

 それにしても―――――

 目の前に建つ、赤い瓦の和風住宅を見詰めながら、平良は途方に暮れる。

 一体、何のためにここに来たのだろうか?
 勢いで引き受けたものの、ここに立っているだけでは何も解決しない。
 だからといって、いくら連絡してあると言われても、長男宅に乗り込んでカギを借りるという大胆なことはできない。見ず知らずの人間にカギを渡してくれるとは思えないし、中に入れたとしても室内を一周する以外にできることはない。

 そもそも、何をしに来たのかよく分かっていない。トメさんと前店主が一体どんな関係で、何を話していたのかなんて、どうすれば分かるというのだろうか。

「置いてけ堀君?」

 無表情のまま途方に暮れるという器用なことをしていた平良が、不意に背後から声が掛けられた。
 平良はその声の主が誰なのか、一瞬で分かった。「置いてけ堀君」という妙な名前で呼ぶ人物は、この世に一人しかいない。

「先輩」

 平良が振り返ると、そこには川中高校のセーラー服を着た女子高生が立っていた。

 肩の上10センチで綺麗に揃えられた黒髪と、崩すことなく着こなされた制服は、清潔感と本人に備わっている上品さを際立たせる。清楚な美人、という表現がこれほど合う人も少ない。後輩という立場であれば、憧れの先輩ナンバー1といった感じだろうか。

 平良が軽く会釈をすると、彼女は笑顔で歩み寄って来る。

「ウチの目の前で、一体何をしてるの?
 まさか、私に会いに来た、なんてことはないよね?」
「ウチ、ですか?」
「置いてけ堀君、私の名前忘れたの?」

 細い指が表札を指差す。
 平良の脳裏に、忘却の彼方に捨て去られた過去の記憶が蘇ってくる。

「・・・臼田、先輩」
「そうよ、忘れてるとか、ちょっと有り得ないんだけど。でもまあ、久し振りに話すよね。去年、祖父の葬式以来かな?」

 臼田 紗希は川中高校の3年生で、平良と同じ中学校の1学年上の先輩にあたる。ごく稀に、法事などの時に顔を合わせることがある。

「と言うか、その、置いてけ堀君って呼ぶの止めて下さい。普通に名前を呼んだ方が、断然呼びやすいですし」
「そう? 意外と気に入ってたんだけど」

 紗希は平良が言葉を交わす数少ない同年代の人間であり、普通に接する希有な存在だ。
 ちなみに、置いてけ堀という名前は、常に無表情の平良に対する痛烈な嫌味らしい。能面のような表情をした平良に対し、お前なんか「置いてけ堀」という怪談に出てくるのっぺらぼうと同じだ―――と言いたかったとかどうとか・・・分かり難くてどうでもいい。

「それで、何してたの?」
「あ・・・!!」

 我に返った平良は、ここに最大の協力者を見付ける。話しの流れからして、臼田 トメという人物は紗希の祖母で間違いないだろう。

「実は、トメさん・・・先輩のお祖母さんのことを聞きたくて来たんです」
「お祖母ちゃんを?
 私も余り時間がないけど、ちょっとその話し聞かせてくれる?」