レメックの家の前に着いた。
コンコン、とドアをノックしてみた。
すると、中から、レメックのお母さんが出てきた。
「あら、アネタ…」
いつも明るい笑顔で迎えてくれるはずのレメックのお母さんは、
なぜか、暗い表情を浮かべていた。
すると、そんなお母さんの後ろから、レメックが現れた。
「…アネタ!!」
レメックは、なんだか嬉しそうに、玄関まで走り出てきた。
あたしも、レメックを見て、思わず嬉しい気分になってしまった。
「レメック!あのね…」
たくさん話したいことがあった。
けれど、あたしの言葉は、
レメックのお母さんに遮られてしまった。
「レメック、中に戻りなさい。
お母さんが、アネタの話を聞くから」
お母さんにそう言われ、
レメックは一瞬、驚いたような目をした。
「でも…」
「レメック、言うことを聞きなさい」
レメックのお母さんは、厳しい表情を浮かべていた。
そんなお母さんを見たのは、あたしも初めてだった。
レメックは、戸惑ったような表情を浮かべて、
一瞬だけあたしを見た後、
お母さんの言う通りに中へと戻っていった。
「……アネタ、ごめんね」
レメックのお母さんが、あたしに言った。
「今まで、レメックや、わたしたちと仲良くしてくれて、本当にありがとう。
わたしたち、あなたのこと、大好きよ。
でもね……
もう、わたしたちとは関わらない方が安全だわ。
わたしたちは、ユダヤ人だから…」
「………え?」
レメックのお母さんの目には、
悲しみと苦しみ、戸惑いと不安…さまざまな暗い色が滲んでいた。
いつも、あたしの分までおやつを作ってくれたり、相談に乗ってくれたり、
励ましてくれたレメックのお母さん。
目の前の人は、もう、その人ではないような気がした。
何かを恐れているように、瞳が震えていた。
その時だった。
背後から、あたしの母がやって来て、
あたしをつかみ、無理に引っ張ろうとした。
「早く来なさい!早く!!」
母が、あたしを怒鳴った。
あたしは、大声で抵抗した。
「いやっ!!嫌だ―っ!!!」
バチン!
騒ぐあたしの頬を、母が叩いた。
叩かれた衝撃で、あたしの力は抜けた。
母は、そんなあたしを無理やり立たせて、つかんだまま歩かせた。
あたしは、一瞬、振り返って後ろを見た。
そこには、手で口を覆って、
涙を流すレメックのお母さんの姿があった…――。
母と共に家に帰ると、
次の瞬間、母があたしに言った。
「もう、あの家に行くんじゃないわよ。
あの人たちは……ユダヤ人なんだから」
「ユダヤ人だから、何なのよ!!」
母に、大声で言い返した。
みんな、みんな、どうして同じことばかり言うの?
「ユダヤ人だから」……何が悪いの?
「レメックが、今日から学校に来れなくなったの……ユダヤ人だから」
涙が込み上げてきた。
本当に、ひどいことばかりだ。
母が、泣くあたしに向かって言った。
「だから、言ったでしょ…初めから、付き合わなければ良かったのよ。
ユダヤ人たちは、いつだって、わたしたちを苦しめる。
大昔から、ずっと…。
もう、関わるんじゃないわよ。
今は戦争中で、自分たちの命だって危険なんだから」
母は、さらに付け加えた。
「ナチスの奴らが、決めたのよ。
ユダヤ人をかばったり、匿ったりしたポーランド人は全員、処刑にするとね。
ユダヤ人には、絶対、関わってはいけないのよ」
あたしの涙は、すっかり枯れてしまった。
まだ十歳だったけれど、あたしは、絶望するということを初めて知った。