そんなある日、父が、労働のためにドイツへ送られることになった。
父は、もう、あまり「ユダヤ人だから」とは言わなくなっていた。
理由は、よく分からない。
けれど、
それまで自分がユダヤ人に対して抱いてきた偏見や差別を、
少し反省したようだった。
出発する前、父はあたしに言った。
「アネタ……悪かったな。
お前は、「悪い子」なんかじゃない。
お母さんのことを、頼んだぞ」
父がいなくなり、
あたしは母と二人きりになった。
母は、
父がいなくなったショックと、戦争中のストレスで、
当初と比べると弱々しくなっていた。
あたしは、そんな母を励ました。
「お母さん…お父さんは、きっと帰ってくるよ。
みんな、きっと戻ってくる。
また、元通りになるよ」
母は、泣きながら、あたしを抱きしめた。
そんなことをされたのは、ずいぶん久しぶりのことだった。
戦争が始まって、辛いことや、悲しいことばかりだった。
けれど、そんな中で、あたしは年を重ねていった。
気が付けば、
レメックたちがいなくなってから、
六年が経とうとしていた。
これまで、たくさんの人々が命を落とした。
けれど、あたしはまだ、なんとか生きていた。
母と二人、元通りの生活が戻ってくることを願いながら……。
ドイツの敗戦は、もう、すぐそこまで来ていると言われていた。
ヨーロッパ中の国を占領し、もはや強国となっていたドイツだったけれど、
ソ連にまで戦争をけしかけた結果、計画は失敗したのだ。
今度は、爆弾を落とされ、破壊されるのは、ドイツの番だった。
きっと、また大勢の人が犠牲になる。
しかし、それは、戦争の代償に違いなかった。
一体、いつになったら、世界は平和になるんだろう…。
しかし、ついに、その時はやって来た――――――。
ドイツは、敗戦を迎えた。
ヒトラーは自殺し、ナチス・ドイツは撤退した。
六年も続いた戦争は、とうとう、終わった。
この国ポーランドは、
まだ完全というわけではなかったけれど、
ついに解放の時を迎えたのだった。
もうすぐ十六歳のあたしは、
母と共に、
戦争中いなくなってしまった人々の帰りを待った。
まず、父。
そして……
レメックと、彼の家族。
『アネタ……また、会おう』
あたしは、六年前の約束を、信じていた。
もはや、その約束のために、生きているようなものだった。
しかし、父も、レメックたちも、誰も帰ってこなかった。
そんな頃、あたしと母の元に、ある知らせが届いた。