「うん。今日はこんなところかな」

麗華は持ってきた籠いっぱいに入った薬草を見て、満足そうに微笑んだ。

森の中の拓けた草原(くさはら)。この季節になるといろんな薬草があちこちから顔を出して、麗華としては嬉しい限りだ。これで老師が喜んでくれる。土まみれの手をポンポンと叩(はた)いて、麗華は立ち上がった。

老師は幼い頃に捨てられた麗華を預かってくれた。麗華の見目から気味悪がる人も多い中、老師は麗華に愛情を注いでくれた。だから恩返しが出来る店の手伝いは、麗華にとってやりがいのある仕事だった。

「さあて、帰ろうかな。そろそろ日も落ちるわ」

そう言って麗華が森から町への近道を通り抜けようとした時、大きな杉の木の洞(うろ)にきらりと光るものが見えた。興味を引かれて洞に近づくと、洞の中の影が動いた。

「ひっ!」

「騒ぐな!」

影――少年だった――は、剣を構えて麗華を見た。刃物を構えられて、麗華は背筋を凍らせる。

「わ……、私を殺すの!? 悪いことなんて、何もしてないわ!」

「騒ぐな! こっちへ!」

少年は小声で叫んで麗華の手を引くと洞の中に連れ込んだ。すると少ししてから、ガサガサと草を踏み分けて走ってくる大勢の人の足音が聞こえてきた。

「確かにこっちなのか!」

「血痕が付いてます! 此処を下って行ったようです!」

「逃すな! 必ず仕留めよとの主の仰せだ!」

大勢の人たちが洞の前を走って坂を下っていく。やがて人の声が聞こえなくなると、少年は、ほう、と息を吐いた。そして暗い洞の中で麗華に謝罪した。

「すまなかった。あいつらに追われていたので、身を隠していた。最初あいつらの内の一人かと思って刃を出してしまった。悪かった」

少年は凛と澄んだ声でそう言った。洞の中の暗さに目が慣れてくると、少年が左脚を押さえていることに気が付いた。押さえた手の間から出血している。麗華は慌てた。

「待って、血が出てる。このままにしておくと傷がもっと悪くなるわ」

そう言って、竹筒に入れていた飲み水で傷口を洗うと、今しがた摘んできた十薬(どくだみ)を手で揉んで患部に当てた。少年は驚いたように目を見開いて麗華を見て、それからありがとう、と礼を言った。

「あの人たち……、貴方を殺そうとしているの……?」

恐る恐る問う麗華に、少年はふうとため息を吐いて、そうなるな、と応えた。

「なにか……、悪いことでもしたの……?」

「いや、俺は何もしていない。ただ、生きているだけで邪魔なんだそうだ。俺はこのまま逃げ延びれば命は助かるが、それによって家がどうなるのかが気がかりで……」

だから、坂の下まで下ったのを引き返して来て、この洞で身を隠しながら考えていたという。少年の言葉を聞いて麗華は、ひどい、と思った。自分と年の変わらなさそうな子供が、存在が邪魔で殺されそうになっている……。

麗華は少し考えて、その場に、練習用に持っていた星読み用の天の星が描かれた円盤とサイコロを取り出した。

「どっちに逃げたら良いか、占ってあげるわ」

こんな、麗華と同じ年頃の子供がいわれもなく殺されるなんて見過ごせない。麗華は盤の上にサイコロを振って少年の星を読んだ。

「……北西へ行って時期を待つが吉と出てるわ。上手く逃げ延びれると良いわね」

麗華が占いの結果を伝えると、少年の表情が明るくなる。

「そうなのか! 北西は俺の家の方角だ! 家に居る人が気がかりだったから、そう言ってもらえると決心がつく。俺は自分の運命を探す為に家に戻ることにするよ。ありがとう、君は見ず知らずの俺にやさしいな」

そう言って、少年は懐から丸い鏡を取り出した。

「逃げ延びた先で金に換えようと持ってきたものだ。家に帰るならこれは要らない。傷の手当と占いのお礼に貰ってくれないか?」

少年が麗華に差し出したのは、綺麗な細工の施された鏡だった。一目で高価なものと分かるそれを、おいそれともらうわけにはいかなかった。

「そんな大したことはしてないから、こんなたいそうな物を頂くわけにはいかないわ。それに、この占いの所為で、貴方はまた命を狙われるかもしれないんだもの」

「吉星が出たんだろう。信じるよ、君を」

迷いない澄んだ黒の瞳が真っすぐ麗華を見つめる。美しい顔立ちの少年から決意ある目で見つめられてしまうと、何とも言えなくなる。麗華は差し出された鏡をおずおずと受け取った。

「きっと君の占いを真実にして見せる。だから、いつか占いが真実になった時の今日この時間に、また会わないか? 君に、運命を掴み取ったと報告がしたい」

強い眼差しで麗華を見つめる少年の宝石のように美しい瞳にときめいた。

「そ……、そうね。目標があれば、貴方はきっと死ねないわね。良いわ、これから毎年今日のこの時間にこの場所に来るわ。そしていつかその運命を見せてね」

麗華がにこりと笑うと、少年もにこりと笑った。二人は固く握手をして洞から出た。

「今日のことは絶対に忘れない。ありがとう」

少年はそう言うと、洞を出て行った。貰った鏡を懐に仕舞いながら、少年の未来が明るければいい、と麗華は思った。