「あの子可愛い!でっかいギター抱えた子。てかなんだあの楽器。」

直政(なおまさ)が興奮して肩を叩くので、しぶしぶグラスをカウンターに置いた。

「吹奏楽部であんなんあったような。」
「コントラバスですよ。この界隈(かいわい)ではウッドベースって言います。高校野球の応援のアルプススタンドなんかには割れるといけないから持ち込めないんですよ」

後ろの丸テーブルのソファに腰かけていた年配の男性がスッと席を変え、不自然に俺の隣に座り込んできた。顔を上げてよく見つめると、その人はニットカーディガンを羽織り、白い髭を伸ばした顔をし、注ぎたてのオレンジハイボールを手に持っていた。

その男性はハイボールをカウンターに置くと、くるりと後ろのステージを振り返って改めて拍手を送った。




間もなくミュージシャン達は演奏を始めた。

「……お詳しいんですね。」
「昔やってたんですよ。ウッドベース。」

不思議な雰囲気ををまとう、その年配の男性はふっと微笑んで愛おしそうな眼差しで奏者を眺めていた。



その感じの良さに惹かれたのか、場の空気に酔ったのか、俺は遅れながらも返事をした。

だからだろうか。


「君、N大の内浜亮(うちはまりょう)くんだろう。一昨日のドラフト会議で指名漏れした。僕は熱心なアマ野球マニアでね。さっきから内浜、って聞こえたから。いやぁ珍しい名字だからもしやと思って声をかけたら、こんなところで君に逢えるなんて光栄だ。」


遥か異郷の地で、こんなに年上の人に
握手を求められたことが、そこまで嫌に感じなかったのだ。