───「秋の花だね。花束にしては地味だけど、花言葉がいいですよね。」
店から少し離れた花屋で、俺とミチさんは花束にする花を迷っている。
JazzBarMETOROが閉店する26時まであと一時間。急に席を立ったミチさんに「小瀧さんに渡す花束を買いに行くのだがどうだね?」と誘われた。俺も夜風に当たりたかったから丁度良いと思い、同行した。
日付も変わっているというのに、ジャズが盛んなこの地域では同じような夜の店が多いためか深夜まで営業している花屋があるらしく驚いた。
「花言葉が "謙虚"、"初恋"……か。僕の小瀧さんへの忍ぶ恋にはピッタリですよ。内浜亮くんも同じでいいのかい?」
「ハイ、というか俺もそのまんま、なんで……。」
店員からメッセージカードを受け取ると、ミチさんは凄い握り方でペンを構えて、文字を懸命に記し始めた。痺れたような不安定な手つきだった。
「……奏者だった人間ならではの、職業病みたいなもんだけど、とある病気でね。僕は普段も指が思うように動かなくて。文字が少し下手なんだ。勘弁してね。」
かつて名を馳せたプロ奏者のミチさんと、夢を叶えた初恋の君。
その二人の間に物語があったことを伺わせる、重みのあるメッセージが完成していた。
そうして渡し継がれたペンと新しいメッセージカードを拒むことは俺にはできなかった。