微笑む口に添えられた君の手。この手で小学生の君はピアノを弾き、俺の頬肉を掴んで啖呵を切ったのだ。
" 選ばれなかった人はこうやってぶつかって諦めていくんだから、悔しいの分かるもん。選ばれた人もきちんとぶつかって一回頑張れ "
涙を流しながら奏でたソナチネのメロディーは夢を語っていた。
諦めることは決して終わることとイコールではない、と。
そう説得力を持つだけのパワーで、彼女は花を咲かせていた。
「ミチさん、ヨーロッパのコンクールで名を馳せたプロのウッドベース奏者なんです。私も彼の目利きのおかげで今があるんです。ピアノがてんでだめで、なんとなく始めたトランペットのレベルをここまで引き上げてくれたんですよ。」
君のその手まで指を伸ばそうとしていたことに気づいて、びくっと手を引っ込めた。そしてその情けない手と価値のある手を交互に見て呟いた。
「……だめなんて言わないで。貴方が弾くピアノだって誰かに届いていたはずです。」
君は少し不思議そうに顔を上げて、そして俺の指を手に取った。
中指のマメに気づくとそこを避けて、優しく包み込むように握ってくれた。
「貴方も指を使う仕事をされてるんですか……? 大事になさってくださいね。これ良かったら。サインです。」
近くのテーブルにまとめて置いてあった色紙を君は手に取ると、
その場でササッとサインペンで書いて、俺にくれた。
慣れた人の仕草だった。